秘密|神さまとの共有

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ヨナタンは、イスラエルの初代王サウルの息子であり、本来なら次の王になる筈であった。しかし父サウルの不信仰(サムエル上13〜15章)によって王位はサウル家から取り上げられ、代わりにダビデ家へと移された。サウル王は受け入れずダビデを殺すことを目論(もくろ)むが、息子ヨナタンはダビデが継承することを受け入れ、むしろダビデと深い友情で結ばれていく。「ヨナタンの魂はダビデの魂に結び付き、ヨナタンは自分自身のようにダビデを愛した。」(サムエル上18:1)二人の深い結び付きのことは、王サウルに対しては「秘密」であった。換言すれば、二人で「秘密」をもつことで、彼らの魂が結び付き深い友情が生まれたと言うこともできる。

姦通したという罪で引き連れられ石で撃ち殺されようとしていた女性に対し、イエスは「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず、この女に石を投げなさい。」と言われた。すると人々は彼女の前から立ち去ってしまった。(ヨハネ8章1節~)イエスが望まれたことは彼女の「秘密」を共有することであったが、人々は先ず排斥しようとし、イエスに指摘されるとそれを望まずに立ち去ったという事に他ならない。その後のこの女性について聖書は何も記されていないが、「誰にも話せなかった秘密をあの方は共有してくださった」、この一点で彼女は日々の困難に向かう力を得て生きたのではないかと、私は想像するのである。

4人の子どもたちには、年齢に関係なくいつも「同じ」に接することを心掛けてはいた。しかし時折、一人だけ連れ出し食事をしたり動物園に行ったり等々、その都度私は言う「お父さんとだけの秘密だよ」と。「大切な私」を「秘密を共有する」ことによって体感してもらえるのではないかと思っていたからだ。(勿論、子どもはそんな秘密も直ぐに話してしまうのだけど…。)祈りもそれに通じるのではないだろうか。「私の秘密を神様はご存じなのだ」という思いが、信仰を深め、確信へとつながっていく。だから主イエスは「十字架と復活」の秘密を弟子たちに告げられたのではないか。ただ、弟子たちはその秘密を主イエスの生前には共有も理解もすることが出来なかったことを福音書は私たちに教えている。

今年も残すところ後二か月。クリスマスのニュースもチラホラ。そんな雰囲気に後押しされて、子どもたちはサンタさんへのプレゼントを模索し始めているかもしれない。そのプレゼントを考えながら、子どもたちは「サンタさんと私だけの秘密」とニンマリしているのではなかろうか。

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