祈り)
天の神様、新しい目覚めをありがとうございます。
暖かい部屋の中で雪景色を見ている時は「何てきれいな光景だろう」と見えていた雪景色が、
外に出ると寒くて滑って濡れてしまう。
そのような自然の中に私たちは生きています。
しかし、一人一人の寒さや寂しさ悲しみを他人事のように傍観しているのではなく、
また暖かい所でただ眺めておられるのではなく、
寒い所でも共におられ、寂しいときにも悲しいときにも、
共に心に寄り添って下さる神様に私たちは日々守られ大切にされています。
いつもいつも共にいて下さり、私たち一人一人を大切にして下さる神様に感謝できますように。
これから語られますみことば、この語る者を通して
ここにおられるお一人お一人へと神様あなたがお語り下さい。
この語る者の全てを神様あなたへお委ね致します。
このお祈りを主イエスキリストのお名前を通してお祈り致します。
アーメン。
【参照聖書箇所:マタイによる福音書5章38〜42節】
「求める者には与えなさい。あなたから借りようとする者に、背を向けてはならない。」(42節)
暑い日が続くと思ったら急に寒くなったり、皆さん体調を崩されたりしていませんか?ご自分でいくら注意して歩いていたとしても、どこからか何かが飛んでくるかもしれません。私みたいに車椅子ですと、自分自身で外出を控えるどころか、ほとんど強制的にどこにも行けなくなります。
さて、今ご一緒にお読みしました聖書の箇所には「復讐してはならない」と見出しがついてます。聖書を読んで神様の愛についていつも話を聞いている人は皆、人を憎んだり妬んだりしてはいけないのでしょうか?私たち人間は相手を憎んでしまったり、時には妬んだり、いろんな思いが湧いてくるときがあります。右の頬を打たれて誰が左の頬をも差し出せるでしょうか。それが神様にはできます。たとえ私たちから見たらどうしようもない悪党であっても、神様はその人を信じ愛しておられるからです。
しかし、私たち人間にはできません。相手を信じきり相手を許し抜くことは。でも、私たちはその人や自分を信じきり許し抜く方を知っています。それは神様です。憎い人や醜い自分でも、自分ではどうしても受け入れられない人のために、そして自分のためにも、そのままを受け入れて下さる神様に祈る事が出来ます。
一人一人がたくさん祈って、たくさん神様に面倒をみていただける一瞬一瞬でありますように。
