いつも心の中心に
日本では八百万(やおよろず)の神として、いろんな所に神様がおられるとの昔からの習慣があります。
日本では八百万(やおよろず)の神として、いろんな所に神様がおられるとの昔からの習慣があります。
『天は神の栄光を物語り 大空は御手の業を示す。』(詩編19:2)と聖書で詩人は語ります
『主よいつまでなのでしょう。』と詩編6:4で詩人は祈ります。祈りというより心の叫びとでもいうのでしょうか。
「こんな私は生きてていいのだろうか。」そのような問いが溢れてくる時があるのは私だけでしょうか。
このように皆様と共にみことばに聴く時を与えられていることを感謝しています。
今もこのようにして皆様と心を合わせて聖書のみ言から聴く時を与えられました事を嬉しく思い感謝しております。
「…どうか我らを立ち帰らせてください。」と詩人は詩(うた)いはじめます。
神様からのみことばを通して、こうして皆様お一人おひとりの魂と出会えますことを感謝しています。
「神よ、わたしを憐れんでください」(詩編51:3)と詩人は詩(うた)い出します。
「何のために、私は生まれて来たのだろう。」 このような思いを、少なからず一度はお思いになられたことはないでしょうか。 「何のために私は生まれて来たのだろう。」私もこう問わずにはおられない、 そんな心の追いつめられた状態になるときがあります。 ではイエス様はどうでしょうか? イエス様は何のために生...