一人ではないよね

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ヨハネ14:15-21
​ 14:15 「あなたがたは、わたしを愛しているならば、わたしの掟を守る。 14:16 わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。 14:17 この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。 14:18 わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。 14:19 しばらくすると、世はもうわたしを見なくなるが、あなたがたはわたしを見る。わたしが生きているので、あなたがたも生きることになる。 14:20 かの日には、わたしが父の内におり、あなたがたがわたしの内におり、わたしもあなたがたの内にいることが、あなたがたに分かる。 14:21 わたしの掟を受け入れ、それを守る人は、わたしを愛する者である。わたしを愛する人は、わたしの父に愛される。わたしもその人を愛して、その人にわたし自身を現す。」
  
     

 

祈り)
天の神様、今朝も私たち一人一人に新しい目覚めをありがとうございます。
今日もたくさんの出会いが神様、あなたから私たち一人一人に与えられます。
心が下を向いているときに私たちは見過ごしてしまうかもしれません。
しかし神様、あなたは私たち一人一人に分け隔てなく愛の出会いを与えて下さって、
今もこの一瞬一瞬、与えて下さっています。
どうか私たちの心の中心に、あなたがおられる場所を私たちに持たせて下さい。
そして、私たち自身ではどうしようもないと思うときであっても、
神様、あなたが私たちと共にいて下さることを覚え、
全ての一瞬一瞬に感謝できますように。

これから語られます神様、あなたからのみ言、
この語る者を通して、神様あなたがここにおられるお一人お一人へとお語り下さいますようお願いします。
この語る者の全てを神様、あなたへお委ね致します。

このお祈りを主イエスキリストのお名前によってお捧げ致します。

アーメン。

 

「わたしは、あなたがたをみなしごとはしておかない、あなたがたのところに戻って来る。」 ヨハネ14:18

 

おはようございます。
私は九州の熊本で仕事がありました。熊本から大分へと足をのばして、
12年間メールでしかお話したことのない車椅子の同病の方にもお会いして来ました。
私が牧師ではなかったら、熊本の教会に用いられる機会もありませんでした。

今、ご一緒にお読み致しました聖書の箇所の中の
ヨハネ14:18「わたしは、あなたがたをみなしごとはしておかない、あなたがたのところに戻って来る。」と主イエスは語られております。
この聖句は私が10代後半に受洗したときに選んだ聖句でもあります。
これまた不思議な気持ちで説教の準備をさせていただきました。
主イエスは「あなたがたのところへ必ず戻って来る」と言われます。
今、確かに私たち一人一人と主イエスは共におられます。
目には見えません。だからこそ確かなのかもしれません。
それは神様である主イエスのもう一つのかたち、聖霊というものです。
私自身も、自分では到底予想もできなかった人生を歩いています。
今頃は結婚して子どもも何人かいる主婦のつもりで、
牧師になるなんて夢にも思いませんでした。
また、このように難病になり、車椅子の生活を余儀なくされるなんて、
一人一人が皆「こんなはずではなかった」という人生が多かれ少なかれあるでしょう。
しかし、それでも「これが私に与えられている人生だから」と感謝できるのは、
心の中心に神様があり、神様へと立ち帰るときなのだと思います。
私だから与えられる人生。
一人ではなく、必ずイエス様である聖霊と共に歩む人生。
一人一人の人生はこれまでもこれからも特別であり尊いものです。

なぜならばイエス様が共に歩まれるからです。

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