あなたの記念も思いも、すべて抱きしめて

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祈り)天の神様、私たち一人ひとりに新しい命、そして新しい目覚めをありがとうございます。
このようにしてあなたに心を向けて祈ることを今、あなたに赦(ゆる)されていることを感謝致します。
あることを考える時に、神様あなたに心を向けて考えるか
ただ時間の経過の中で考えるか、同じことを考えていても大きく違います。
たとえば物事が予定通りいかないことにイライラする時、
神様に心を向けると、予定通りいかないことには何か意味があるのではないかと思える時もあります。
いつも私という人間を通して、神様あなたが働いていてくださることに感謝できますように。

これから語られますみことば、この語る者を通して
ここにおられるお一人お一人へと、そしてそれぞれの心にある方々お一人お一人へと神様あなたがお語り下さい。
神様あなたにすべてをお委ね致します。

このお祈りを主イエスキリストのお名前によってお祈り致します。
アーメン

【参照聖書 詩編90編】
あなたは人を塵に返し
「人の子よ、帰れ」と仰せになります。(3節)

『人の子よ,帰れ』(詩編90:3)と聖書は私たち一人ひとりに語られます。私たちはどこに帰ればいいのでしょうか?

日本では8月15日に終戦の日を迎えます。お生まれになられた国や時代によって記念する日や意味が違ってくるかもしれませんが、日本では8月15日は「終戦の日」として記念式典を開催したり、戦争をテーマにしたテレビ番組が多く放映されます。戦争を経験された方々にとっては「記念日」という言葉では抱えきれない思いがあると思います。

広島に行ったときのことを思い出します。私は広島平和記念資料館に来た記念に原爆ドームを写真に収めようとシャッターをきろうとした瞬間にカメラを落とし壊してしまいました「ドジだなー」と思うと同時に「カメラで撮らなくても、鮮明な映像が私の心に残っているなぁ」と思っていました。またベルリンに行った時、ベルリンの壁跡地の前で肩を組んで笑顔で記念写真を撮る子どもの横に白い十字架があった映像が思い出されました。それはベルリンの壁を越えようとして命を落とした人々のために立てられていた十字架でした。

『人の子よ,帰れ』(詩編90:3)とみことばを聴いた今、なぜか、この二つのことが同時に思い出されました。なぜでしょうか。原爆ドームもベルリンの壁も後世の人々に覚えていてもらうためにと遺(のこ)されているものです。もちろん記念として記憶に遺し、また形として遺していくことも大切です。でも「あの時代は大変だった」と歴史の出来事とは別に、一人一人が心に感じることがあります。それも大切なのではないでしょうか。記念として収める写真だけではなく、その記念を見たり、歴史の出来事を聴いて感じる一人ひとりの心や思いも大切なのです。

私たちの帰るところ。それは記念日を大切にする私も、記念を思う、その思いを大切にする私も、どちらの私も大切にして下さる神様のところなのです。「”思い”や”感情”は見えないし、言葉にしないとわかってもらえないじゃないか」と思われるかもしれませんが、神様はわかってます。たとえあなた自身がわかっていない思いがあったとしても、神様はあなたのすべてをわかって、あなたを愛されてます。

それは間違いなく、あなたが神様に造られた大切な存在だからです。

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