まさかの出来事|箱根駅伝の「まさか」から

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2023年の歩みが始まった。ウクライナの地が戦場になるとは想像もしていなかった昨年当初だったが、その悲惨な状況は年を越しても続いている。まさか世界中が巻き込まれる感染症に襲われるとは思ってもいなかった2020年の年初、それが三年経っても明確な終息の目途も立たずに、これもまた続いている。ただし、COVID-19に関する対応策はかなり進んでいるとは思うが…。「想像を絶するような出来事に遭遇したくない」というのが、新しい年の歩みを始めた今の正直な心境である。

先日行われた箱根駅伝大会、連覇を狙ったが叶わなかった大学の監督が、レース後に語っておられた、「箱根駅伝には三つの坂(さか)があります。上り坂、下り坂、そして、まさか、です」と。観戦している私は、晴れの舞台を走っている若者たちの姿に感動し、ただただ応援するだけだから、どの区間が、あるいは何をしたから「まさか」なのかは私にはわからない。ともあれ、大会を終えた選手たちは、様々な思いを抱きながら4年生は新しい道に、三年生以下は来年の大会で、「まさか」が起こらないために精進の日々を重ねるのだろう。大会を目指す全ての若者たちの日々が満たされんことをと願いたい。

私たちの人生も「上り坂、下り坂、まさか」の繰り返しである。心が喜びに満たされ希望に満ち溢れる上り坂もあれば、悩み苦しむ時があり不安に襲われる下り坂もある。そして何よりうろたえ絶望感に覆われてしまうのが「まさかの出来事」であろうか。平坦な道を歩んでいるような時でも、ちいさな「上り坂、下り坂、まさか」を繰り返しながら過ごしている。聖書に記されている人々の生涯を辿っても、三つの坂を繰り返しながら歩んでいることが分かる。しかし聖書はそのような人々に焦点を当てているのではない。そのような人々に寄り添い支えようとしておられる「神」を指し示そうとしているのである。そう、駅伝大会では声援を送ってくれる人々が、途中には給水の仲間が、後方から相応しい言葉がけをしてくれている監督がいるではないか。「まさかの出来事に遭遇しても、あなたひとりではない」と語り掛けておられる神を、聖書は私たちに告げてくれているのだ、かつて荒野から約束の地に入ったイスラエル人を導くヨシュアに、「わたしは、強く雄々しくあれと命じたではないか。うろたえてはならない。おののいてはならない。あなたがどこに行ってもあなたの神、主は共にいる」(ヨシュア1:9)と語ってくださったように。

「まさかの出来事」があっても、神を思い起す信仰が与えられますように!

 

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