どんぐりころころ|サウル王の欲と比較して

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会堂玄関前にドングリが多数落ちる季節を迎えた。今年はアスファルトの上にいつもより沢山のドングリ。そのままにしておくと私が車で通る度に踏みつぶしてしまう。「せっかく実ったのにもったいない、それに割れたドングリの実の掃除は大変だ」と、状態の良いドングリを拾って玄関横に積み上げておいた、子どもたちの楽しみの一つにでもなってくれたらという程度の軽い気持ちで…。先日、保育園の子どもたちが教会礼拝に来た折り、帰り際「玄関にドングリがあるので、持って帰って良いよ」と声がけしたら、全部持ち帰ってくれた。どんな風に使ってくれたかは知る由もないが、きっとドングリの実で楽しく遊んでくれたことだろう。「子どもたちが喜ぶから」と20年程前に植えてくださったTさんの願いがついに実ったのだと思うと、感慨深い。

神に選ばれサムエルから油を注がれてイスラエルの初代王となったサウルは、民衆の要請に応えて襲ってくる外敵と闘い、次々と勝利を収めていた。しかし就任1年後のペリシテとの戦いにおいて「7日間待て」と言われていたのに待ちきれずに自ら「献げ物」を行い勝利を嘆願した。神の言葉をないがしろにしたことによって「あなたの家系からは王位を継がせない」と告げられてしまう。それから数年後、アマレク人と戦うことになった際、「行け。アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切、滅ぼし尽くせ。男も女も、子供も乳飲み子も、牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない。」(サムエル上15:3)との神の命令に従い勝利したイスラエル軍だったが、値打ちのないものだけを滅ぼし、上等なものは惜しんで滅ぼさなかった。それをサムエルにとがめられた時、サウルは次のように応えた、「兵士がアマレク人のもとから引いて来たのです。彼らはあなたの神、主への供え物にしようと、羊と牛の最上のものを取って置いたのです。ほかのものは滅ぼし尽くしました」(サムエル上15:15)と。もったいないと進言した兵士の言葉に同調してしまったのである。神の言葉よりも兵士の言葉を優先したサウル、彼のもとから神の祝福は去ってしまった。

もったいないから始まったドングリ集め。子どもたちに喜んでもらったのは嬉しいが、踏みつぶしたドングリはというと、一度も掃除せずに済んでいる。鳥たちがせっせと食べてくれたからだ。う~ん、もったいないも少し間違えれば人間の欲の塊の現れ。ドングリは、子どもたちにも鳥たちにも、そしてドングリの次の世代のためにも大切だということを忘れてはなるまい。

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