メメント・モリ |エリザベス女王の生き方はジョブスと重なる
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「わたしが人生を終える時、自分らしい『死』のあり方・葬儀のあり方などを熟慮して、ここにこの記録を2部作製し、それぞれ教会と家庭に保管します。わたしが天に召されるときには、どうかこの記録に基いて、わたしの希望に添ってくださるよう願います。」これは私たちの教会が用意している「メメント・モリ/備忘録」の最後の項目に記された文章である。メメント・モリとは、「死を忘れるな・死を記憶せよ」という意味であり、古代ローマで用いられていたものが、キリスト教でも使われるようになった言葉である。人は死の時を必ず迎えるが、日頃からそれを意識することはない。いや、むしろ誰も自らの死の時を知らないが故に敢えて触れず、意識しないで生きようとしているのかもしれない。だからこそ、突然かもしれない「死」に備える必要があるし、それだけでなく自ら記すことによって、改めて「今」という時を大切に生きようとする心をいただけると確信している。
アップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏は2005年に米スタンフォード大学で行ったスピーチの中で、「17歳の時に、毎日をそれが人生最後の一日だと思って生きれば、その通りになるという言葉に出会い、その日を境に33年間、私は毎朝、鏡に映る自分に問いかけるようにしているのです。自分はまもなく死ぬという認識が、重大な決断を下す時に一番役立つのです。なぜなら、永遠の希望やプライド、失敗する不安、これらはほとんどすべて、死の前には何の意味もなさなくなるからです。自分は死ぬのだと思い出すことが、敗北する不安にとらわれない最良の方法です。」(2011年5月日本経済新聞より抜粋)死を意識して精一杯生きた人だったのだと改めて思う。
自らの死を思い続けた人がエリザベス女王であったことを、葬儀が進む中で報道を通して知った。女王崩御から国葬までの10日間に関して、1960年から「ロンドン橋作戦」と名付けられ、当時34歳だった女王自らも加わって計画されてきたという。私の34歳といえば子育て真っ最中で、「死ぬことなんて考えたくない」とただひたすらに生きることばかりを考えていたことを思うと、立場の違いがあるとはいえ「女王として生きる」という重責をしっかりと受け止めておられた方なのだろうと察する。死を意識することこそが最良の方法と語るジョブス氏と重なるものがそこに在るようだ。
教会の備忘録の項目は少ない。緊急連絡先、愛唱聖句・讃美歌・希望葬儀社・葬儀に関し他に希望すること等である。それでも、葬儀そのものを「此処で」という希望を遺すことはできる。「メメント・モリ」を毎朝思い出しつつ、これからの日々を過ごそう。