聴いているよ

詩編69:2-5
69:2 神よ、わたしを救ってください。大水が喉元に達しました。 69:3 わたしは深い沼にはまり込み/足がかりもありません。大水の深い底にまで沈み/奔流がわたしを押し流します。 69:4 叫び続けて疲れ、喉は涸れ/わたしの神を待ち望むあまり/目は衰えてしまいました。 69:5 理由もなくわたしを憎む者は/この頭の髪よりも数多く/いわれなくわたしに敵意を抱く者/滅ぼそうとする者は力を増して行きます。わたしは自分が奪わなかったものすら/償わねばなりません。

祈り)
天の神様、新しい目覚めをありがとうございます。
体調を崩されておられるお一人お一人や、
大丈夫そうに見せていても心の中はぐちゃぐちゃの方、
いろいろな心配事が覆っておられる方など様々です。
私たち一人一人は遠くにいても近くにいても、
何もしてあげられないと無力感にさえ襲われるときがあります。
そんなときあなたに祈ることが、私たちにはできることを思い出せますように強めてください。
たとえどんなに遠くても、私たちが祈るその方の傍には神様がおられます。
私たちは神様に祈ることができます。
その方と共に歩んでくださっておられる神様へ。
神様は一人一人の祈りを決して無駄にはされません。
ここで私たちが祈ること、それは大切な働きです。
これから語られます神様、あなたからのみ言、
この語る者を通して神様、あなたがここにおられるお一人お一人へとお語り下さいますようお願いします。
この語る者の全てを神様、あなたへお委ね致します。

このお祈りを主イエスキリストのお名前によってお捧げ致します。

アーメン。

 

「神よ、わたしを救ってください。大水が喉元に達しました。」詩編69:2

 

おはようございます。
今ご一緒にお読み致しました聖書の詩は「神よ、私をお救い下さい」という言葉で始まっています。
何もこの詩の作者が大水の中で溺れているわけでも、
大きな泥沼の沼地に足をとられてしまったわけでもありません。
全てが例えです。

皆さんにも経験があるのではないでしょうか。
それは一回で終わる人もいらっしゃれば、何度も何度も何か深い谷へ突き落とされ、、出口が見えないような気がする。そんな経験を。

私は特にこの病気になってから、まるで、これでもかこれでもかと叩かれるように、
何度も谷底へと落とされるような経験をしています。
「またですか。。」「いったいいつ終わるのだろうか。。。」と、
自分の足で歩いていたのに歩けなくなったり、
ピアノがひけなくなったり、声が出しにくくなったり。。。いろいろです。
先日は目の状態が運転には適さないと医者に言われて、とうとう車の運転もできなくなりました。
どうすればいいの?と叫びたくなります。

他人から見たら大したことがないかもしれません。
しかし、自分では重要な問題なときもあります。
神様にもあなたにとって重要な問題は、とっても重要な問題です。
だから叫ぶのです。「神よお救い下さい。」
一人一人の存在と共におられる神様はすぐ傍におられ、あなたの呻きを聴いておられます。
「安心しなさい私はここにいる。」
結果を求めるのではなく、共に乗り越える勇気を祈りつつ歩みましょう。

 

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