神様に向けて

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詩編43:1-5

43:1 神よ、あなたの裁きを望みます。
わたしに代わって争ってください。
あなたの慈しみを知らぬ民、欺く者
よこしまな者から救ってください。

43:2 あなたはわたしの神、わたしの砦。
なぜ、わたしを見放されたのか。
なぜ、わたしは敵に虐げられ
嘆きつつ行き来するのか。

43:3 あなたの光とまことを遣わしてください。
彼らはわたしを導き
聖なる山、あなたのいますところに
わたしを伴ってくれるでしょう。
43:4 神の祭壇にわたしは近づき
わたしの神を喜び祝い
琴を奏でて感謝の歌をうたいます。

43:5 なぜうなだれるのか、わたしの魂よ
なぜ呻くのか。
神を待ち望め。
わたしはなお、告白しよう
「御顔こそ、わたしの救い」と。
わたしの神よ。

  

 

祈り)
天の神様、新しい目覚めをありがとうございます。
私たちは自分の思いの範囲の中で物事が動いている時は、
こんなこと当たり前だよと思ったり、
意識することもなくやり過ごしていることが多いです。
しかし、その一つ一つが小さな奇跡のつながりであることに気づく瞬間があります。
その一瞬一瞬は当たり前ではなく神様に与えられている一瞬一瞬であることを思い起こし
人生の一歩一歩を歩む事が出来ますようにお守り下さい。

これから語られますみ言、この語る者を通して
ここにおられるお一人お一人へと神様あなたがお語り下さい。
この語る者の全てをお委ねいたします。
このお祈りを主イエスキリストのお名前によってお祈り致します。

アーメン。

 

『なぜうなだれるのか、わたしの魂よなぜ呻くのか。神を待ち望め。わたしはなお、告白しよう「御顔こそ、わたしの救い」と。わたしの神よ。』詩編43:5

 

おはようございます。
少しずつ季節は変わります。
心地の良い風を感じたり、自然の豊かさを感謝したりします。
でも、皆さん無理をしすぎないように気をつけて下さい。
さて、暑い日には寒さが恋しくなり、寒い日には暑さが恋しくなったりするのは
暑さも寒さも知っているから
と考えるとけっこう贅沢病なのかもしれません。
ある日ドラマで俳優さんが、こんな台詞を言っていました。
「人間は都合が悪いことがあると神様を思い出す。
いつも何もない時は思い出さないし、文句も言わない。」
なるほどなぁって思いました。

今、ご一緒にお読みしました聖書の箇所の詩編43:2でも詩人は神様に叫んでいます。
「なぜ、わたしを見放されるのか。なぜ。。。」と。
しかし、本当に無視され見捨てられているのなら、このように叫ぶこともできません。
問いかける事もしないでしょう。
詩人は神様なら自分を無視せず見捨てることがないと信じるから問いかけるのです。
詩人は神様だから乗り越える道を示して下さると信じているから祈るのです。

私たちは思いもかけない事に出合う時はたくさんあります。
「神様なぜ?」と祈りたくなります。
神様がすぐに答えて下さるわけではないかもしれません。
でも必ず答えて下さいます。
私たちが暑さや寒さを知っているからこそ、涼しさや暖かさを求めるように、
神様から全てを与えられていることを知っているからこそ祈ります。
そして神様が必ず報いて下さることを信じています。

忘れないで下さい。
あなたが神様を知り、信じる前から
ちゃんと神様があなたをご存知であり、あなたを信じておられます。

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