すべてを天の神様に向けて 

エレミヤ7:1-11
7:1 主からエレミヤに臨んだ言葉。
7:2 主の神殿の門に立ち、この言葉をもって呼びかけよ。そして、言え。
「主を礼拝するために、神殿の門を入って行くユダの人々よ、皆、主の言葉を聞け。 7:3 イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。お前たちの道と行いを正せ。そうすれば、わたしはお前たちをこの所に住まわせる。 7:4 主の神殿、主の神殿、主の神殿という、むなしい言葉に依り頼んではならない。 7:5 6 この所で、お前たちの道と行いを正し、お互いの間に正義を行い、寄留の外国人、孤児、寡婦を虐げず、無実の人の血を流さず、異教の神々に従うことなく、自ら災いを招いてはならない。 7:7 そうすれば、わたしはお前たちを先祖に与えたこの地、この所に、とこしえからとこしえまで住まわせる。 7:8 しかし見よ、お前たちはこのむなしい言葉に依り頼んでいるが、それは救う力を持たない。 7:9 盗み、殺し、姦淫し、偽って誓い、バアルに香をたき、知ることのなかった異教の神々に従いながら、 7:10 わたしの名によって呼ばれるこの神殿に来てわたしの前に立ち、『救われた』と言うのか。お前たちはあらゆる忌むべきことをしているではないか。 7:11 わたしの名によって呼ばれるこの神殿は、お前たちの目に強盗の巣窟と見えるのか。そのとおり。わたしにもそう見える、と主は言われる。

祈り)
天の神様、新しい目覚めをありがとうございます。
ありがとう」で一日を始められることは、なんて素敵なことだろうと思います。
たとえ昨夜、いろいろな恨み言や悲しかったことを思い返し寝ていたとしても、
しい朝はやってきます。
「ありがとう」で一日が始まるとき、すべての一つひとつが与えられていることに感謝することから一日が始まるのです。
与えられている命を精一杯生かされるようにして下さい。

これから語られますみ言、この語る者を通して
ここにおられるお一人おひとりへと神様あなたがお語り下さい。
この語る者の全てをお委ねいたします。

このお祈りを主イエスキリストのお名前によってお祈り致します。

アーメン。

主の神殿、主の神殿、主の神殿という、むなしい言葉に依り頼んではならない。(エレミヤ7:4)

昔、私の兄姉(きょうだい)の一人があまりにもおとなしく、とくとくと怒る母の話を正座をしてちゃんと聞いているように見えたので、感心して「兄姉はすごいな」っと言ったことがあります。そうしたら、その兄姉の一人が「話を聞いているふりをしてほかの楽しいこと考えてたら、いくらでも平気だよ。」と言ったことを、今、与えられた聖書の箇所を読みながら思い出していました。とても厳しい神様からの言葉です。神様からの言葉を預かる役だった預言者エレミヤは、神殿へと足を運ぶユダの人々に叫びます。

私たちはどうでしょうか?神殿ではなくても、祈るときに「神様」と言いながら、自分がこうなってほしいことなど、望みや希望など自分の都合のいいように神様にしてほしいと願っているだけの時はないでしょうか。私たちは「神様の御心のままに」なんてなかなか祈れない時は多いような気がします。でも、その人間の弱ささえもご存知でありながらも、神様は私たち一人ひとりに語られます。「私があなたに必要なものを与えている。あなたは安心して私にすべてを委ねなさい」と。

そして今ご一緒にお読み致しました聖書のみ言は語ります。
「身も心もすべてを持って、天の神様に祈りなさい。」と。

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