想定外のクリスマス|人生は想定外に満ちている
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「そうか、あれは今年の『想定外なクリスマス』の報せだったのか!」と、12月半ばの印刷機の故障のことを思い出していた。クリスマスの十日前、午前中と夕方に施設のクリスマス会を終え、週報(日曜日の礼拝順・諸報告等記載のプリント)を印刷していた時に起こった。表面を印刷した後インク切れ。インクを交換しドラムを再度設置しようとしたが入らず、押し込むことも引き出すことも出来なくなった。仕方なく施設に連絡し印刷してもらい、印刷機の会社にはメールを入れ、週明けにも修理してもらう手筈を整えた。翌月曜の午前中、会社から連絡があった。「古い機種なので、果たして直るかどうか判りません。」「取り敢えず見てもらえますか?」と尋ねると、一瞬間が空いた後「機種番号を拝見したのですが、私も見たことがない古い機種なんです。伺うことはできるのですが、行くだけで2万円余かかります。部品もないので直らない可能性の方が高いのですが、それでも良いですか?」そこまで言われて呼ぶ気持ちにはなれず、「分かりました。考えます」と言ったものの、答えは決まっている、「廃棄。コストの安い小さな印刷機を購入」と。もともと施設でリース落ちした機械で、20年弱仕様の代物だから、最近は故障も多く、なだめながら付き合ってきた印刷機。「次の先生にも扱い方を丹念に引き継いでおかないと…」と思っていた矢先のことなので即決した次第。
印刷機が使えないために、クリスマスのプログラムはHさんに依頼。週報は自宅プリンターでも印刷できるように仕様変更。「市川で最後のクリスマスというのに余計な仕事が増えて散々だ」と愚痴も少々。しかし、本当の想定外はクリスマスにやって来た。
イヴ礼拝前の日曜日に祝会開催。ミニコンサートやビンゴで盛り上がったが、終了間際からノドの調子が悪くなり、夜には完全に潰れてしまった。翌日、かかりつけ医に駆け込み「声が出るようになる薬を」と懇願。強めの薬を頂いてきたものの、数時間で快復するほど現実は甘くない。結局、讃美歌は全く歌えず、聖書朗読は信徒に依頼し、アウトラインしか書いてない説教原稿では代読してもらう訳にいかず、掠(かす)れた声で!「最後のイブ礼拝だというのに、こんな想定外な事が待っているとは」と悲しかった。しかし皆さんが歌う讃美歌を聴いている内に、歌えないクリスマスは初めてだけど「お疲れ様でした」と神様と皆様に労わってもらっているようで、想定外な喜びを頂けたクリスマスであった。いや待てよ、クリスマスの出来事自体が当時の人々にとって想定外だったではないか。だからクリスマスは私たちにこうも告げている、「人生は想定外で満ちていることに気付きなさい!」と。クリスマス、おめでとう!