逆算社会  

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ワクチン接種券が私に届いたのは4月末だった。いつ接種できるか分からないと思っていたので、予想外の速さに「オッ、もう来たか!」と喜んで封を切った。接種できる日付があるのかと思ったら、「予約をしてください」と記されている。すぐさま市川市のホームページを開くと、「現在、予約は受け付けておりません」。その瞬間、現実に引き戻された。やはり報道されているように、接種は遅々として進まず、「コロナの重圧から解放される未来は霧の中のまま」という現実は継続中で、不安は依然拭われていない。

時間を認知することが難しいレビュー小体病の方がいる。昨日と3日前の区別や明日と2週間後の違いが分からないといったことである。その方へのインタビュー記事を書いた方が、自分の生き方は逆だという文章を綴っておられた。「『逆算ができない』という人の記事を書きながら、自分の時間感覚は、逆の形の問いをとるのではと思った。『なぜ私は逆算しかできないのか』/10代の頃、7月末になると『40―10』と引き算し『夏休みもあと30日かぁ』とため息が出た。大学に入れば『4年後には社会が真っ黒な口を開けて待っている』と気になった。働き始めてからは当然、締め切りからの逆算が不正確だと周囲に迷惑をかける。/未来とは手つかずの時間のはず。なのに『現在』になる前から、『売約済み』の時間に細分されていて、いつも、時間が前から追いかけてくるような気ぜわしさを感じるのだった。/社会の時間は逆算でできていた。」(朝日新聞4月28日「取材考」より)同感であるというより、私はもっと逆算して日々を過ごしている、望んでもいないのについ「明日できることは今日やらない」という誘惑の罠に陥ってしまっているからだ。

「その日の苦労は、その日だけで十分である」(マタイ6:34)と主は言われたが、「主に信頼して生きよ」と勧められていると同時に、未来を「売約済み」にせず、「今日出来ることは今日しなさい」と言われているのかもしれない。

逆算して生きることに慣れてしまっていた私たちは、コロナ禍収束という未来が見えない今を生きているが故に、不安を増幅させられている。だからこそせめてワクチン接種によって未来を手元に手繰り寄せたいと願い、予約に殺到してしまうのだろう。もちろん予約出来ることは望ましいのだが、それが全てなのではなく、先ずは、今出来ることに心を集中させて生きることで、「売約済みの未来」ではなく、「手つかずの未来」を取り戻したいと思う。

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