思い出をつくる|思い出から得る力

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「保育士の仕事は、羊飼いよりも大変だ!」と、引率している子どもたちの人数を移動するたびに確認する保育士をみているとそう思う、羊飼いは野原に出掛ける時と連れ帰る時に羊の数を数える程度だろうから。先日保育園の「卒園児お別れ遠足」に付き添ってきた。今年の遠足先はスカイツリー。電車を利用した人出の多い観光地が遠足先だから、それこそ「保育園児を見失う」ことなど絶対にあってはならないのだ。大変なことは他にも沢山ある。体調も見定めなければならないし、随時水分を補給させ、トイレの時間をとる。そう、私が毎年付き添う理由はそこにある、男性トイレに入って子どもたちの世話をする「トイレ係」だ。ともあれ、付き添った保育士全員がしっかりと連携することで、子どもたちの「楽しかった」という思い出を作ってあげられるのだ。もちろん付き添った保育士たちの労は、子どもたちが「楽しかった」と言ってくれる一言で報われるに違いない。

2020年、コロナ禍に見舞われた年の遠足は、急遽500m程先の公園に変更になった。園児として最後の大きな行事「お別れ遠足」を楽しみにしていただろうが、やむなき変更であった。子どもたちがどれほど理解していたか、どれほど残念で悔しかったかは想像に難くない。翌年は保育園の直ぐ近くの江戸川の土手、それが2年続いた。コロナ禍が続いていたので、最初から近場と計画された遠足だったので、「仕方ない」という気持ちが子どもたちにもあったかなぁ?成長して、保育園時代のことは殆ど忘れてしまう事だろうが、むしろ近場のお別れ遠足は「他とは違う」という意味で、思い出になっているかもしれない。様々な思い出を刻んで子どもたちはもう直ぐ卒園。保育士は思い出作りのお手伝いに毎日精を出す。「楽しかった、ここに来れて良かった」という声を聞くために・・・。

「エルサレムを離れず、(中略)父の約束されたものを待ちなさい」(使徒言行録1:4)と、復活した後に天に挙げられる際にイエスは言い遺された。弟子たちは「世の終わりが直ぐにくる」と受け止め待ったが、その瞬間は直ぐには訪れなかった。「待ちつつ望みつつ」過ごすために、主イエスの出来事(思い出)を記録し始めた。それが福音書であり、主イエスが昇天後40~50年たって福音書が成立した経緯である。私たちは思い出に支えられ、思い出に活かされている。同時にキリストの思い出は全ての人を活かす力の源なのである。

「遠足」の思い出が、園児たちにほんの少しでも生きる力になってくれたらなぁ!

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