神様は羊飼いのように私たち一人一人を大切にして下さる
この聖書の箇所は、ベッドに寝たきりになられた方々のお部屋を訪ね 私がよく朗読する箇所です。 昔から聖書に親しまれておられる方々のほとんどの方が、 この言葉から慰めを受けられ、て好きな箇所として読まれている箇所の一つです。 しかし、あまり聖書の言葉に親しまれておられない方々にとって「主」って何? ...
この聖書の箇所は、ベッドに寝たきりになられた方々のお部屋を訪ね 私がよく朗読する箇所です。 昔から聖書に親しまれておられる方々のほとんどの方が、 この言葉から慰めを受けられ、て好きな箇所として読まれている箇所の一つです。 しかし、あまり聖書の言葉に親しまれておられない方々にとって「主」って何? ...
『天は神の栄光を物語り 大空は御手の業を示す。』詩編19:2 と聖書で詩人は語ります。 「へぇ、神様は大きい物も小さい物も造ったのか、すごいな。」って思われると思います。 あなたもですよ。あなたは決して小さいものではありません。 神様にとって大空もあなたも同じ大きさなのです。
おはようございます。 『主よいつまでなのでしょう。』と詩編6:4で詩人は祈ります。 祈りというより心の叫びとでもいうのでしょうか。 苦しみや悲しみの中にいるとき、私たちは「これはいつまで続くのだろう」と 不安になる時が多いような気がします。 何が解決になるのか、どうすればここから解放されるのか、 ...
「え?こんなところにも神様っているの?」と 私たちが思うところにも神様はいらっしゃいます。 ここにはこの神様、あそこにはあの神様というように たくさんの神様がいろいろなところにいるのではなく、 どんな所にでも全てを創造された神様は聖霊となって共におられ、 共に働かれておられるのです。
今もこのようにして皆様と心を合わせて聖書のみ言から聴く時を与えられました事を 嬉しく思い感謝しております。 神様にそして皆様に感謝したいと思います。 さて、今、ご一緒にお読み致しました聖書の箇所の中の「詩編71:21」において 詩人はこう詩っております。 「ひるがえって、わたしを力づけ...」と。 ...
「...どうか我らを立ち帰らせてください。」と詩人は詩(うた)いはじめます。 あなたにとって帰るところはどこですか? と聞かれて、皆さんはどこを思い浮かべるでしょうか? 昔の事を思い出して、自分の育ったふるさとを思い浮かべる方もおられるでしょう。 また、今住まわれている施設の、 自分の部屋を思い...
全てのことを私は一人で乗り越えて来たんだ、と思われている方は少なくないかもしれません。 そうでもなく、なんで今、自分は無事でいられるのだろうかと、 不思議に思っておられる方もおられるでしょう。 今、ご一緒にお読み致しました聖書の箇所は、 「共におられる神様」を力強く私たちに詩っています。
このようにして、皆様と共に聖書のみ言から聴く時をもつことが許されましたことを、 神様に感謝したいと思います。 ある時、教会にあったポスターに、このようなキャッチフレーズを目にしました。 「命って誰のもの?」 それは青年キャンプで、今回テーマにされるものを ポスターでアピールしたものでした。
今、ご一緒にお読み致しました聖書の箇所「詩編15:1-5」には、 とても完璧な行いをする人こそ、神様に選ばれた者として、 聖なる宮に入ることがふさわしいと詩っております。 「わかってはいるけどその通りできないわ。」というのが人間です。
神様へ心を向けるとはどういうことでしょうか? 特別な修行や勉強をしなければできないことなのでしょうか。 力や知識、経済力の問題ではなさそうです。 それでは、生まれた土地や国、時代の問題なのでしょうか。 そうでもありません。