あなたと向き合って

祈り)
天の神様、新しい目覚めをありがとうございます。
季節や風を感じ、今という時を私たち一人ひとりは感じています。
それがどこから来るのか、なんとなく考えるときもあれば、分からない時も、分かりたくない時もあります。
ただ、今あなたに与えられる一つひとつは神様から与えられています。
神様からの恵みは途切れることはありません。
神様からの恵みが溢れる今というこの時の中を共に歩みましょう。

これから語られますみことば、この語る者を通して
ここにおられるお一人おひとりへと神様あなたがお語り下さい。
この語る者の全てを神様あなたへお委ね致します。
このお祈りを主イエスキリストのお名前を通してお祈り致します。

アーメン。

【参照聖書箇所:使徒言行録3章1〜10節】

ペトロはヨハネと一緒に彼をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った。(4節)

今、ご一緒にお読み致しました聖書の箇所「使徒3:1-10」において、ペトロというイエス様の弟子の一人である人が、仲間のヨハネと、生まれつき足が不自由で歩くことができなかった人を自分の足で立ち上がって歩けるようにする奇跡を行います。神様による奇跡、イエス様のお名前によって起こる奇跡とは何でしょう。それは、神様のみ業が示されることです。決して、人や自分が信じている方のすごい力をみせびらかしたり、人を驚かせるためにあるわけではありません。神様のみ業が示されることが奇跡としたら、私たちはたくさんの神様からの奇跡に包まれています。

先日、ある施設の4階に行く機会があり、施設に住まわれておられる皆さんが大切にされておられるベランダに咲くたくさんの花を見て心が和みました。その花一つひとつも神様に与えられている奇跡です。ただ、神様から与えられる奇跡は、時には人間の心や行動を必要とします。

やさしい気持ちで花を育てるのならやさしい奇跡を、元気な笑顔の表情をするのなら元気な奇跡を、自分を通して出会った人たちに与えます。自分に立ち止まって静かな深呼吸をする時は静かな神様からの祈りを与えられます。
神様のみ業は私たちをいつも包んでます。そして、私たち一人一人が神様の小さな奇跡や大きな奇跡であるみ業を今、現す者として神様に用いられています。