一緒に帰ろう  

詩編26;1−12

26:1  【ダビデの詩。】主よ、あなたの裁きを望みます。わたしは完全な道を歩いてきました。主に信頼して、よろめいたことはありません。
26:2  主よ、わたしを調べ、試み/はらわたと心を火をもって試してください。
26:3  あなたの慈しみはわたしの目の前にあり/あなたのまことに従って歩き続けています。
26:4  偽る者と共に座らず/欺く者の仲間に入らず
26:5  悪事を謀る者の集いを憎み/主に逆らう者と共に座ることをしません。
26:6  主よ、わたしは手を洗って潔白を示し/あなたの祭壇を廻り
26:7  感謝の歌声を響かせ/驚くべき御業をことごとく語り伝えます。
26:8  主よ、あなたのいます家/あなたの栄光の宿るところをわたしは慕います。
26:9  わたしの魂を罪ある者の魂と共に/わたしの命を流血を犯す者の命と共に/取り上げないでください。
26:10  彼らの手は汚れた行いに馴れ/その右の手には奪った物が満ちています。
26:11  わたしは完全な道を歩きます。わたしを憐れみ、贖ってください。
26:12  わたしの足はまっすぐな道に立っています。聖歌隊と共にわたしは主をたたえます。

祈り)
天の神様、新しい目覚めをありがとうございます。
気温が上がったり下がったり、なんだか体調を崩しやすい毎日ですが
お一人お一人の健康をどうぞ神様あなたが支えて下さい。
体の調子が悪いと、心配したり痛かったりだるいことがあるように、
心配事や辛い事があると、体調を崩したり体がだるくなります。
そのような時、私たちは心と体のバランスを保って健康に生きたいと思います。
一人一人の心と体全部を、神様あなたに委ねて生かされる事ができますように。

これから語られますみ言、この語る者を通して
ここにおられるお一人お一人へと神様あなたがお語り下さい。
この語る者の全てをお委ねいたします。

このお祈りを主イエスキリストのお名前によってお祈り致します。

アーメン。

 

主よあなたの裁きを望みます。わたしは完全な道を歩いてきました。主に信頼して、よろめいたことはありません。
詩編26:1

 

おはようございます。
私たちは今まで生きてきた中で、一度も失敗したり間違った事はしたことがないという方はおられますか?失敗したくて選んだわけではないけど、結果としては失敗してしまったり、間違ってしまったりしたことはあるかもしれません。また、自分は良いと思ってしたことが他の人から見ると全く良くない事もあります。しかし、初めから失敗したり間違えようと思って生きる人もいませんたとえいたとしても私はまだそのような人には会ったことがありません。
逆に絶対、間違ったり失敗しないで生きてきた人も、これからそのように生きる人もいないと思います。誰でも、きっとどこかで失敗したり間違ったりもします。本人が認めなくても、失敗や間違えもあっていいことです。失敗や間違えがないと、ある意味成長しないのではないかとも思います。

「わたしは完全な道を歩いて来ました。」と詩人は詩い始めます。そして26:11では「わたしは完全な道を歩きます。」と詩ったあと「わたしを憐れみ贖ってください。」と詩っています。
昔、カーテンレールにかかっているカーテンに例えた神様のお話を聴いたことがあります。私たち一人一人はカーテンで、どうしてもレールからはみ出してしまうけど、こうやって神様のみ言に聴くことでレールからはずれないようにしてもらっている、というような話でした。神様の道は完全で、カーテンレールのように真っすぐなのかもしれません。そこへ戻して下さるのはみ言であり、神様からの憐れみや贖いです。
 もう一つ忘れないでほしいのがカーテンのたるみです。そこにも神様はちゃんと働かれています。カーテンにたるみがないとゆとりやカーブができないように、私たち人間もゆとりや余裕がないとカーテンのように割けてしまいます。だから失敗しても間違えてもいいし、その時だって決して一人ではありません。ただ完全な道である神様の道に、カーテンのようにレールへと戻る時も必要です。

自分だけの力だけではなくても、そっと神様の手があなたをレールへ戻して下さいます。

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