最後の集合写真|蘇るあの時の温かさ

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先日行われた全国教師会「退修会」の最終日、参加した教師全員での集合写真を撮った。「特別な」と感じた理由には、7年振りに対面で開かれたということもある。牧師となった息子二人も一緒の集合写真ということもある。そして私にとっては最後の全国教師会ということもあっただろう。しかし、それ以上に私の心を占めていたのは、コロナ禍の4年間に退職した先輩教師たちの事であった。彼らは長き苦労を労われることなく、そして全国の教師たちから「お疲れ様」の一言も掛けられずに引退していった。もちろん今も、「引退教師」という身分で教会の働きを担ってくださっているのだが、全国に散らばる同労者たちと喜びや悲しみを分かち合う「退修会」という場に集うことはないし、感慨深い思いを同労者たちと分かち合う機会もない。本来なら、「最後の全国教師会の記念写真」という一枚を手に入れられたかもしれないのに、コロナ禍によってその機会を奪われてしまったと思うと、先輩牧師たちの複雑な心境に思いを馳せざるを得ないのだ。集合写真はまだ手元には届いていないが、眺める度に最終日に抱いた「特別な」思いを、私はきっと蘇らせることだろう。

沢山の集合写真が私の手元にあるが、その中に「特別な」集合写真が一枚ある。41年前の4月末(新卒として黒崎教会に着任して一ヶ月)、筑後地区牧師会に参加した時の集合写真である。その日は月曜日、牧師休日を理由に連れ合いと母教会久留米に出掛けた。F先生が笑顔で私たちを迎えてくださったが、「これから筑後地区の牧師会があり、アメリカのお客さんと会うのだけど、一緒に行かないか」と誘ってくださった。私たちは普段着であったので丁重にお断りしたのだが、「そのままで大丈夫だよ」と言われ、恐縮しつつもノコノコと参加させてもらった。最後に集合写真を撮ったのだが、背広にネクタイの先輩牧師たちとお客様の最後列に普段着の私たち夫婦、そしてセーターを着たF先生も・・・。ホスト役のF先生だったのに、私たちに合わせてくださったのだ。さりげない配慮や優しさを思い出させてくれるその集合写真は、牧師としての歩みの大切な指針になったと、今も感謝している。先日の、私にとっての最後の集合写真、若い牧師たちにはどんな一枚として記憶に刻まれていくのだろう。勿論、一年後に引退する私にもきっと力をくれる筈だ!

「見るだけで温かくなる」そんな集合写真、あなたにもあるのでは?

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