いやな相手でも根ではつながっている

第二章 人の悲しみを癒すとき

人が悲しむのは、その人にとってもっとも重要な意味のあるものを失う出来事が起こったときである。なぜ起こったのか、どうしてそうなったのか、人は答えを探す。多くの場合、答えはない。そのとき人はきまったように「なぜ」と問う。その「なぜ」のなかには、なお三つの問いが残る。「なぜ、今なのか」「なぜ、私なのか」「なぜ、他の人でないのか」。これらの問いに人間の知恵は答えをもたない。もしあるとすれば、宗教がその答えの提供者である。しかも、歴史を生き抜いた宗教だけが答えをもつ。

一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。(コリントの信徒への手紙一、12章26節)

【解 釈】
大勢人の集まる都市ではどこでもそうであるように、ギリシアの都市コリント
の教会にはさまざまな人種や社会階級に属する人たちが集まっていた。ある者は
ユダヤ人、ある者はギリシア人であったし、社会的に身分の高い者もいれば、奴
隷もいた。千差万別、色とりどりの集団であった。

使徒パウロは、こうした千差万別の人たちから成り立つ教会の姿を見て、いろいろちがうのはよくないことだから、みな同じようにならなければならないとは考えなかった。むしろパウロは、人はそれぞれに生まれがちがうし、肌の色もちがう、金持ちもいれば、貧乏人もいるのは、この世の厳然たる現実であって、いまさらそれを同じになれといったところで、すぐさま同じにはならないことをよく知っていた。

だからパウロは、その色とりどりのちがいを逆手にとって、肯定的に考えた。それぞれの部分は部分としてちがう働きや形をしているかもしれないけれども、ひとつの部分がどのような部分であれ、ほかの部分に連動しており、それによってどの部分であれ、なくてはならぬ役割を演じる価値をもっていると教えたのである。

【こころ】
差別されることは悲しいことです。どんなに社会の底辺で生きているように見えても、それなりの役目を果たしながら生きているのが人間というものです。もっとも許しがたい差別は、その人の存在を無視することです。それは差別というより抹殺というべきかもしれません。パウロが生きたコリントの教会には、それこそ存在を抹殺されかねない奴隷の身分をもった者もいました。その一方で、当時のエリート階級であったローマ市民の特権をもって生きている者もいたのです。

パウロはその差別社会のなかに身を置いて、差別だけを見ていたのではありません。もしそうであれば、差別がなくなればそれでよしとするにとどまります。パウロはこの世のなかに差別があるという現実を通して、人が世のなかで生きるかぎり、だれひとり自分だけで生きてはいないということにあらためて目を向けたのです。

つまり世のなかはもちつもたれつ、互いの存在が互いを支え合っているということなのです。たとえ差別的に「なんだ、あいつは」と言ったとしても、その「あいつ」と呼んだ相手との関係で自分の立場があることに気づくでしょう。世のなかには差別があるから「けしからん」と怒る以前に、根っこのところではどんな存在であっても互いに連動していることを知れと言うのです。

ちょうどオーケストラの楽器が互いに連動し合っているようなものです。だからパウロは、「一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです」と言うのです。

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