新約聖書

全ての一人一人が神様に大切な存在だから

「異邦人」「地の果てまでに」と言葉だけ聞くといくら聖書でも差別的にも聞こえるし、極端にも聞こえるような気がするのは私だけなのでしょうか。  今、共に聴いた聖書の中で語られるみ言は聖書に登場するパウロやバルナバだけに語られているわけではなく、あなたへ今、神様から語られています。聖書が書かれた時代...

いつもあなたは一人ではありません

愛の反対語は無関心です。と言われた方がいました。ふーん憎しみじゃないのか。と少し思いました。  日常の中、ただ自分が歩く時に踏んでいる土は関心を向けると温もりを感じさせてくれたりします。あまり気にしなかったそこらへんに生えている草や花も関心を向けると、やさしく微笑んでいるように感じたり一生懸命...

あなたに伝えたくて

聖書で語られているペトロさんやヨハネさんが言っている「わたしたちが見たり聞いたりしたこと」ってイエス様が行われた奇跡や話された言葉の数々のことなのでしょうか。それだったら聖書を読まれたり聞いたり聖書に親しまれてる方々だけに解る事で私には関係ない、と思われる方やイエス様の奇跡を見たわけではないから...

形ある見えるものも形のない見えないものも

イエス様は平和なんだ。敵意って壁なんだ。と考える時、私たちは実は目に見える形あるものと、目には見えない形ないもの、両方のものの中に生きているのだと気付きます。平和と言う物体はありません。でも平和的なことを行う人はいます。敵意という形あるものはありませんが、敵意を持った人が壁のように立ちはだかるこ...

いつもあなたの心に寄り添って

イエス様って私たちにイエス様の方から近付いて来て共に歩んで下さっているんですね。そして、驚いたことに悩んでいる私の心に「どうしたの?」と言って寄り添って下さる。私は、そのようにいつも私の心に寄り添って下さるイエス様に気付いているのでしょうか。私が気付いても気付かなくても神様であるイエス様はいつも...

私たちの期待を外れる大きな愛 

『それでも、どんな訴えにもお答えにならなかったので、総督は非常に不思議に思った。』マタイ27:14  一般的に人が死刑に掛かろうとする時、しかもそれが自分に身に覚えのない濡れ衣で自分は陥れられていることが明らかな時「そんなこと身に覚えはありません」と裁判を司る人に訴えるか「助けてくれ!」と命乞いを...