あなたに伝えたくて

祈り)
天の神様、私たち一人一人に新しい目覚めをありがとうございます。

新しい一日が始まりました。
お一人お一人の心の中には今日こそは、という気持ちでいっぱいかもしれません。
その一つ一つにあなたが共におられることを覚え、
今日も一瞬一瞬できる限りあなたに心を向けて感謝いっぱいで生きることができますように。

そして、心の隙間にも必ず、神様あなたの愛が満たされていることを覚えて
平安のうちに過ごすことができますように。
世界中の一人一人があなたの愛に包まれています。
この私も、あなたに繋がる命の枝です。
神様を証しする者としてお用いください。

これから語られます神様あなたからのみことば、この語る者を通して
神様あなたがここにおられるお一人お一人へとお語り下さいますようお願いします。
この語る者の全てを神様あなたへお委ね致します。

このお祈りを主イエスキリストのお名前によってお捧げ致します。

アーメン。

 

【参照聖書箇所:マタイによる福音書4章12〜17節】

そのときから、イエスは「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って、宣べ伝え始められた。(17節)

 

今、ご一緒にお読み致しました聖書の中のマタイ4:17において「そのときから、イエスは、『悔い改めよ。天の国は近づいた』と言って、宣べ伝え始められた」とあります。

聖書に書かれている、捕らえられたヨハネというのは、イエス様より先に母エリザベツに宿り、イエス様をみごもった母マリヤが、親戚であるエリザベツを訪ねたときにエリザベツの胎の中で踊った子のことであり、イエス様の先に生まれ、イエス様がこの世の救い主としてお生まれになったことを宣べ伝えていた人でした。「捕らえられた」ということはその時、政治的にその国を支配した権力に殺されることを示します。この世の権力や支配がうずまいている最中に、ヨハネもイエス様も生まれてその中で軽んじられ、あたかも必要もないようにされていた「真実の愛」を伝え始めました。イエス様は「真実の愛」そのものです。それは誰も滅ぼすこともできません。ヨハネが捕われて殺されるという事実を聞いてイエス様も心を痛められたでしょう。助け出してやりたいと、何度も思われたことでしょう。しかし、聖書にはただ淡々と「イエスはヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた」としか語っておりません。もしかしたら天使が現れて「ガリラヤへ逃げなさい」と言ったのかもしれません。ただわかるのは、イエス様の行動はご自分の感情や常識でしたのではなく、神様への祈りによって導かれ、神様への祈りに従われた歩みであるということだけです。聖書全体に書かれているイエス様の生涯は祈りによって導かれています。祈りとは神様に心を向けることです。

今日一日も一瞬一瞬、心を神様に向けて歩んで行きたいと思います。たとえ息切れして休みたい時があっても、悲しみや苦しみで心がいっぱいで神様を見失ってしまっても大丈夫です。神様があなたのために祈ってくださいます。あなたは心の落ち着きを取り戻したときに神様へ心を向ければいいのです。神様に心を向ける祈り溢れる日でありますように。

主イエスは言われます。「悔い改めよ。天の国は近づいた」

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