与えられているもの
祈り)
天の神様、 新しい目覚めを私たち一人ひとりにありがとうございます。
天の神様、
しかし、神様あなたからの愛はたとえ私たちの感じ方が変わっても、
その愛の大きさも深さも決して変
これから語られますみ言、 この語る者を通して
ここにおられるお一人おひとりへと神様あなた がお語り下さい。
この語る者の全てをお委ねいたします。
主よ、あなただけは わたしを遠く離れないでください。わたしの力の神よ 今すぐにわたしを助けてください。(詩篇22:20)
このようにして皆様と共に、聖書から聴くことが許されましたことを 神様に感謝したいと思います。
最近、 教会でポスターにあるこんなキャッチフレーズを目にしました。「命って誰のもの?」 それはキャンプテーマをアピールするも のでした。「命って誰のもの?」ひと言で「命」 と言っても自分の命、植物や動物の命、光や風。 私たちの周りには様々な命に溢れています。
私は思春期の時だったでしょうか。「 こんなに辛い毎日を過ごすのなら死んでしまったほうが楽かも」 なんて思ったことがあります。今ご一緒にお読み致しました聖書の箇所を読んでいて、そう思ったこ とを思い出しました。 この詩編ではどんなに苦しくて惨めな状態でも詩人は祈っています 。
「命」が自分のものであると思うとき、 人は簡単に殺したり、なかったようなものとして扱うことができてし まうのではないでしょうか。 それは実際に殺さなくても、無視をしたり無関心になったり。 自分に対しても人や物に対してもそうしてしまうことがあります。 しかし、それらは孤独や憎しみ、悲しみしか生みません。「命」は神様から与えられているものであると思う時、 私たちにはお互いに関心を持つという大切な心の繋がりが生まれる のではないでしょうか。