聖書の律法とは ~律法も恵み~

ヨハネ1:14-18

1:14 言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。 1:15 ヨハネは、この方について証しをし、声を張り上げて言った。「『わたしの後から来られる方は、わたしより優れている。わたしよりも先におられたからである』とわたしが言ったのは、この方のことである。」 1:16 わたしたちは皆、この方の満ちあふれる豊かさの中から、恵みの上に、更に恵みを受けた。 1:17 律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエス・キリストを通して現れたからである。 1:18 いまだかつて、神を見た者はいない。父のふところにいる独り子である神、この方が神を示されたのである。
  

 

おはようございます。今朝ご一緒にお読み頂いた聖書の箇所の中で「律法はモーセを通して与えられたが、恵みと真理はイエスキリストを通して現れた。」と語られています。

「律法」は人間に与えられ、人間一人一人に同じ文、同じ形で与えられております。それこそ偉い律法学者の説明や解釈が文字通り守られて、何年たってもその意味は変わることがありません。守れる立場も守れない立場の方があってもおかまいなしで、規則は規則になってしまいました。

しかし、律法も神様からいただいた大切な恵みであることを忘れないようにと、律法を含めた恵みと真理は、イエス様を通して一人一人へと現されています。

人間一人一人置かれた場所というか、環境も違えば時代や国も違います。だから律法という規則は守れないかもしれませんが、神様から与えられる真理を守ることはできます。律法として与えられている生きた恵みは今も生きて働かれている主イエスを通して一人一人に与えられています。

律法は古くさい難しい規則では留まらず、今も生きて真理の恵みとして私たち一人一人に語られています。

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