
信じています
何度も繰り返している入退院ですが、入退院の一回一回は、同じではない大切な一回一回なのだと改めて思います。それは皆様が迎えるのと同じ、神様から与えられるかけがえのない一瞬一瞬だからです。
何度も繰り返している入退院ですが、入退院の一回一回は、同じではない大切な一回一回なのだと改めて思います。それは皆様が迎えるのと同じ、神様から与えられるかけがえのない一瞬一瞬だからです。
もし、自分が透明人間だったらどうしますか?「考えたこともないわ」と言う方もおられるかもしれませんが考えてみて下さい。私は幼い頃、多分反抗期真っ最中だった頃に「透明人間になりたい」と思いました。そうしたら誰にも干渉されず、誰からも監視されず自由にできるような気がしたからです。
災害の報道で、よくお母さんが幼い我が子をかばうように抱きかかえできるだけ瓦礫(がれき)や泥や水から守ろうとしている光景をみることがあります。お子さんをお産みになったことがあるほとんどの方は、そのような光景や報道に共感されるのではないでしょうか。
今、ご一緒にお読み致しました聖書の箇所に語られている言葉は、「エレミヤの告白」という題がつけられております。エレミヤは預言者です。聖書で語られている「預言者」という人は、前に流行ったような「ノストラダムスの大予言」や地震などの天災を予知するような「予言者」とは違います。 聖書で語られる預言者は「神...
2021年も10月に入りました。今年もあと二ヶ月弱、やり残したことがあるように感じる方も今年も頑張ったなと思われる方もおられると思います。
死んだ方の顔などを触り、そのとてつもない深い冷たさに驚いたことはありませんか?私はあります。「死ぬってこういうことなんだなぁ」って、いまだにその手の感触は覚えています。
「私は自分を大切にしているのでしょうか」と思わず考えてしまいました。ましてや私はいつも「心を尽くして、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして主なる神様を大切にしている」のかな?と思いました。でも逆に神様は私のことを「心を尽くして、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして私たち一人ひとりを大切に...
神様から憐(あわれ)みを受けている人と受けていない人がいるのでしょうか?では、どうすれば憐れみを受けられるのでしょうか?たくさん祈っている人とか、誰から見ても人に親切だしやさしい人だから神様からたくさん憐れみを受けているのではないかと思われるかもしれません。しかし、そのようなことはありません。神...
今、ご一緒にお読み致しました聖書の箇所「マタイ9:35-38」において、イエス様が語られておられるみことばは「働き手が少ないから神様に催促をしようよ」と言われているようにもとれて、「ずいぶんイエス様も強引な方だったんだなぁ。」という印象を持ちました。しかし、その前の箇所にある「飼い主のいない羊のような」...
私たち一人ひとり、いつでもどんな時でもどんな場所でもできることがあります。それは人を思うことです。心配することや妬むことや恨むこともできますが、心の中心に神様を置いて自分の思いを神様に委ねるのなら、その願いや思いは心配や妬みや恨みではなく愛に変えられるのではないでしょうか?