安らかな死を迎えるために
はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる(ルカによる福音書23章43節)
はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる(ルカによる福音書23章43節)
今ご一緒にお読み致しました聖書の箇所「ルカ1:26−38」は「受胎告知」の場面として多くの画家が絵の題材としている聖書の箇所としても有名ですし、幼い頃に教会に行かれておられた方にはクリスマスに必ずと言ってよいほど行われた劇ページェントでもよく使われる箇所でもあります。
悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。(マタイによる福音書 5章4節)
今、ご一緒にお読み致しました聖書の箇所「マタイ1:16」はそれまでの箇所で語られている名前の羅列の最後にイエス様がおられます。アブラハムから始まる系図の中に主イエスも記されているということです。これは神様の約束のご計画の中に、主イエスの誕生も約束されていたんだよ、という話で終わってしまうのでしょうか。
塵に口をつけよ、望みが見いだせるかもしれない。 (哀歌3章29節)
昔、私の兄姉(きょうだい)の一人があまりにもおとなしく、とくとくと怒る母の話を正座をしてちゃんと聞いているように見えたので、感心して「兄姉はすごいな」っと言ったことがあります。そうしたら、その兄姉の一人が「話を聞いているふりをしてほかの楽しいこと考えてたら、いくらでも平気だよ。」と言ったことを、...
彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであった……。(イザヤ書53章4節)
ただいま、毎日が新しい出会いです。このように皆様と共に、み言に聴くときを与えられていることを感謝しています。
「足がよろめく」とわたしが言ったとき、主よ、あなたの慈しみが支えてくれました。 (詩編94編18節)
今もこのようにして皆様と心を合わせ礼拝ができますことを、今日も嬉しく感じています。神様に、そして皆様に感謝したいと思います。