
メメント・モリ |エリザベス女王の生き方はジョブスと重なる
「わたしが人生を終える時、自分らしい『死』のあり方・葬儀のあり方などを熟慮して、ここにこの記録を2部作製し、それぞれ教会と家庭に保管します。わたしが天に召されるときには、どうかこの記録に基いて、わたしの希望に添ってくださるよう願います。」
「わたしが人生を終える時、自分らしい『死』のあり方・葬儀のあり方などを熟慮して、ここにこの記録を2部作製し、それぞれ教会と家庭に保管します。わたしが天に召されるときには、どうかこの記録に基いて、わたしの希望に添ってくださるよう願います。」
「誰にお願いしてるの?」と思いたくなるほど、すごい言葉遣いだなぁって思うのは私だけでしょうか。それほど、この祈りを祈っている詩人は切羽詰まっているのでしょうか。そう思うと同時に、この詩人にとって神様が本当に身近で、いつも傍に神様を感じているのだろうなと羨ましくもなりました。
会堂前の道路際に咲いた花々が、道行く人々の心を慰めてくれている(と思う)。教会学校の子どもたちが蒔いた種で、当初は「教会学校の子どもたちが蒔きました」と書かれた小さなプレートがあったのだが、成長した今はプレートも隠れてしまい、ただただ咲いているだけである。
先月末のこの欄に、九州の直方教会に出かけた際の出来事を記した。その直方教会のM牧師よりお礼のお手紙をいただき、「先生が直方教会のメンバーについて、たくさんのことを覚えていてくださったことに、教会の皆さんは大変喜んでおられました」という一文があった。
「花が無い」と、保育園の園児礼拝の直前に、玄関付近を眺めながら園長先生が私に呟いた。礼拝に使用するテーブルに飾る花が、その日に限って準備できていなかったからだ。
「先生、私のこと分かりますか?」杖を突きながら笑顔でご婦人が声を掛けてくださった。「こんにちは!」と声を掛け直方教会に入ると直ぐに会堂内から数名の方が出て来られ、そして冒頭のお声がけを頂いた次第。
「こんなはずはなかったのに」と自分が予想もしていなかった結果にびっくりしたことや後悔したことはありませんか。
「この職員は、この子は、こんな顔立ちだったのか!」、そんなことを思いながらキャンプの日々を過ごした二週間前。そう、2020年4月以降、新たに施設の職員や学童クラブの利用者となった子どもたちとは、(予防には特に気を付けてきた施設だから仕方ないのだが)マスク着用でしか会話したことがなかった。
「おまえは嘘つきだ。さっき違うことを誓ったじゃないか」こんなふうに言われたり、人からなじられたことはありませんか。私はあります。
「先生、今年も平和の鐘は鳴らさないのですか?」とある方に尋ねられた。市川ユネスコ協会が毎年8月15日に平和を祈って鐘を突く活動を続けてこられ、私たちの教会も2016年から共催し参加していたが、コロナ禍となり、2年間中止された。その間、私自身自問していたことがあった、「ユネスコの行事に共催して鐘を...