5 弱さが強さ
Q 私は生まれつき体が弱く、何をしても体力が長続きしません。もう少し強い体に生まれついていれば、こんなことはないのにと口惜しい思いをすることもしばしばです。
A 北欧の作家ラーゲルレフの作品にラニエロという人物が登場する小品があります。ラニエロはフィレンツェの町では誰ひとりとして知らない者はない乱暴者でした。やがて十字軍に参加、エルサレムで赫赫(かっかく)たる武勲をあげ、勝利の宴に酔いしれていました。そのとき、ひとりの兵士が言いました。
「おい、ラニエロ、お前ほどの豪の者ならどうだ。お前がもってきた聖墳墓教会の蝋燭のあかりを消さないように故郷のフィレンツェまでもって帰ることができるだろう」
「それくらいお安いご用さ」
とラニエロは気安く引き受けるのですが、これがなかなかの難物。蝋燭のあかりは、馬に乗って早く歩けば消えそうになり、雨が降ればまた消えるといった具合でなんとも難儀な旅がエルサレムからフィレンツェまで続くのです。途中強盗に襲われてもあかりを守るために盗まれるにまかせ、子どものためにパンを焼く女のためにそのあかりを分ったりもしました。ついにフィレンツェに帰り着いたとき、ラニエロはすっかり人が変わって、かつての乱暴者の面影は消え失せ、ひたすら優しさをたたえたひとりの旅人として故郷に帰ってきたのです。蝋燭という吹けば飛ぶようなか弱いものを後生大事に抱えた旅であればこそ、これほどに人は変わるものだという話です。
強いものをもって人を変えるのでないのです。弱いものをもったので人が変わったのです。弱さは大切な人の宝物です。