あなたはかけがえのない存在
祈り)天の神様、私たちに新しい目覚めをありがとうございます。
目覚め方や目覚めるタイミングは一人一人、一日一日違います。当たり前の目覚めは一つもありません。
朝、目覚めを迎える人、目覚めたら夜だった人、家にある自分の部屋のベッドで目覚める人、
病院のベッドで目覚める人、私たちは様々な目覚め方をします。
しかし、神様あなたはいつも一人一人にふさわしい目覚めを与えて下さいます。
神様あなたのみ守りの中、自由に生かされている今を感謝できますように。
これから語られますみことば、この語る者を通して今、聖霊のお導きによって
聖書から聴くお一人お一人と皆さんの心にあるお一人お一人へと神様あなたがお語り下さい。
この語る者の全てを神様あなたにお委ねいたします。
このお祈りを主イエスキリストのお名前を通してみ前にお捧げ致します。
アーメン。
【参照聖書箇所:ローマの信徒への手紙3章19〜26節】
すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。(22節)
私たち全ての一人一人は神様に創造されました。神様に創造された全ての一人一人は神様に「よし」とされてます。「神の義」とは神様から「よし」とされていることなのです。神様に「よし」とされるって、いったいどういうこと?良い悪いで判断すると私なんか人に比べて、あれもできないし、これもできない。自分でもなかなか「これでよし」とは言えないのに、神様が「よし」って言ってくれるわけ?なんか、いろいろな疑問が溢れて来るのは私だけでしょうか?
私は脊髄小脳変性症という今の医学では治療法がない進行性の難病と言われている病気です。その為、いろんなことができなくなって不便なことが増えてきました。例えば自分の足で自由に歩けていたのに今では車椅子を使わなくては移動ができず、書いていた文字が判読してもらうには困難な字になってきていたり、話す言葉や呼吸の問題。。。できなくなったことを数えるときりがないほどです。そのような私が自分に「よし」と言えるでしょうか?私には言えません。「どうして神様?」神様に感謝どころか神様を恨む毎日でした。しかし、恨みながら心は神様に向いていたんですね。私が問いかけたり呻いたりできるほど神様は私の近くにいらして、私と共にいて下さいました。今も共にいて下さいます。
そうなんです、神様はそのままの存在を大切にされるからこそ一人一人を造られるのです。神様が造られるものに「よいもの」じゃないものはありません。たとえ自分で自分を「よし」と言えないとしても神様はあなたを「よし」とされます。あなたは神様に造られた、かけがえのない存在だからです。神様にとってあなたは大切な存在なのです。だから神様はあなたを放っておかれず共におられます。
あなたは神様に「よし」とされる、かけがえのない存在です。