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あなたと共におられるために

祈り)天の神様、私たち一人一人に新しい目覚めをありがとうございます。
私は何のために生きているのだろうか。新しい目覚めが感謝できない、どうしよう。と思う時でも、神様あなたは変わらず私に新しい目覚めを与えて下さいます。
神様あなたは、あなたから与えられた一人一人の受け止める心がどうであれお構いなしに新しい目覚めや、恵みの一つ一つを与えて下さるのではありません。
一人一人が今、どう受け取ってどう感じているのかもご存知です。なぜなら神様あなたは私たち一人一人と共にいて下さる方でもあるからです。
神様、私たち一人一人がいつも共にいて下さるあなたに心を向けて生かされている今を勇気を持って生きられますように。

これから語られますみことば、この語る者を通してここにおられるお一人お一人へと神様あなたがお語り下さい。
この語る者のすべてを神様あなたへお委ね致します。
このお祈りを主イエスキリストのお名前を通してみ前にお捧げ致します。
アーメン。

【参照聖書箇所:詩篇18篇32〜46節】
あなたは自ら降り わたしを強い者としてくださる。(36節)

「あなたは自ら降り わたしを強い者としてくださる。(36節)」と詩人は詩っています。私はいつかテレビの番組で観たシーンを思い出しました。そのシーンは真っ暗な洞窟の中で火が焚かれ、その火に向かって一生懸命祈っている白い着物を着た祈祷師らしき人と、その祈祷師らしき人を必死で拝んでいる人のシーンです。そして急に祈祷師と呼ばれていた人が倒れ、起きたと思ったら今までとは全く違う口調で話だし、死者の霊として、先ほど祈祷師と呼ばれていた人を必死で拝んでいた人と喋り出すシーンです。死者の霊が祈祷師に乗り移ったと言われてました。こども心に「すごいな」と関心していました。

さて、「神様が自ら降って下さる」とはどういうことでしょうか。ただ祈っている人にのり移り奇跡を行って下さることなのでしょうか。「おまえが祈ったから来てやったよ」とずかずかと神様が心に入って来られることなのでしょうか。どちらも違います。心を開くのはあなたです。ただ、神様はあなたの心の戸が神様の方へ開くのを待っておられます。あなたの心の戸のノブはあなたの方にしかありません。戸を開くのはあなたです。

「神様が自ら降って下さる」とは、もう神様があなたと共にいてくださり、あなたが心の戸を開くのを待ってくださっているということです。神様がのり移ることでも、どこか遠くにおられてあなたが祈ったからわざわざ来られるのでも、あなたが神様をお参りするためにどこか遠くに行かなくてはいけないわけではなく、もう神様はご自分から私たち一人一人と共におられるために降り、一人一人の心の戸が開くのを信じ、待たれておられるのです。

神様が言われます。「私はあなたを信じ、待っています。あなたなら大丈夫、私があなたと共にいます。」