世代を継ぐ|引き継ぐことを意識する

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「あなたもあの時の坪池先生と同じ年だね」と、助手席から連れ合いが話しかけてきた。神学校最終学年の時、私は東京教会で毎週の研修を重ねていた。その時の牧師が坪池先生であった。先生は私を、自分の子ども、いや、孫を見るような感じでいつも優しく接し教えてくださった。私はそれを、同じ久留米教会出身だからだと思っていた。41年前のことである。あの年、1月末に赴任地が決まり、私の初任地が(今は無くなったが)黒崎教会と決まった時も、当時人事公平委員であった先生は、「難しい教会に新卒の君を送ることになってしまい、本当に申し訳ない」と頭を下げられた。その本当の意味は赴任して直ぐに理解したが、私は「もう決まったことですから」と深く考えず、ただただ先生の思いに感謝した。あの時の先生は、引退まで1年と少しを残す年齢、そして私も今、先生と同じ歳になって、先生が私のことを気にかけてくださっていたのは勿論だが、それとは違うものもあったと気付かされている。

私が牧師として歩みを始めた頃、ほぼ全ての教会に牧師または宣教師のどちらかが在住していた。4年後に転任した北海道は、8教会に邦人6名、宣教師2名が奉職しており、札幌に9番目の教会を建築する予定地を所有していた。また所有する資産の利息で邦人牧師の給与1名分を賄える状態でもあった。しかし時代は急激に変化し、現在北海道は3邦人牧師が4教会(礼拝堂は6か所)の宣教に従事しているに過ぎず、他地区も似たような状況がある。急激に変化する時代の中で私と同世代の牧師たちは宣教に携わってきた。坪池先生が気にかけてくださったのは、私も含めた次の世代への気遣いであると同時にエールだったと、同じ歳になって気付いたのである。

エジプトからユダヤの民を約束の地に導いたモーセであったが、脱出直後にその地に入る機会があったのに、偵察に行った者たちの報告を聞き、民は行こうとしなかった。それ故神は「20歳以上の者は、土地に入ることはない」(民数記14:30)と告げられた。そして荒野の40年を経、約束の地を目前にした時、モーセはピスガの山から約束の地を見ることは許されたが、入ることは許されなかった。だが彼は満足していたかもしれない、ヨシュアという次の世代の後継者がおり、約束の地を眺める所まで民を率いてくることができたのだからと、次の世代に引き継がなければならない年齢になって思うのである。

今日は年に一度の教会総会。私たちの世代が次の世代に何を引き継ぐのかを、祈りつつ協議できることを願ってやまない。