あなたが必要なのです|神はあなたを必要としている
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ほぼ自宅待機が続いていたコロナ禍中、数少ない「ワクワクする事」が、大リーグに渡ったO選手の活躍であった。「今日はどんな活躍をしてくれるのだろう、どんな笑顔を見せてくれるのだろう、どんな言葉を語ってくれるのだろう」と愉(たの)しみに彼の試合やニュースを見ていたからである。彼の活躍は暗い気持ちの日々の中で心を明るくしてくれ、あの頃を過ごした私(たち)にとって、心を明るくし前を向くために「必要」な存在だったのだと言って過言ではない。
その彼は今年、念願のワールドシリーズ(以下WS)出場の権利を得た。少年のような満面の笑顔を見せつつ試合に臨んでいたが、WS第2戦で負傷し第3戦以降の出場が危ぶまれたが、その後の試合も負傷した肩を庇(かば)うようにしつつ出場し、遂に優勝。試合後に「ケガをした後、何よりも『必要だ』『プレーしてほしい』って言ってもらえたことに感謝してますし、そういう気持ちが1年間頑張ってこられた要因だったかなと思います」(朝日新聞11月1日朝刊)と応えていた。今や大リーグでも屈指の選手となった彼であっても、「必要だ」と云われることが大きな支えになるということを示唆している。いわんや私たちにおいては殊更であろう。
褒めて育てるとよく言われるが、褒められることよりも誰かに必要とされているということの方が心は豊かになり前向きになれる。子どもたちが小さい頃に住んでいた北海道の帯広は雪が少ない所ではあったが、それでも年に数回大雪になることがあり、子どもたちは良く手伝いに来てくれた。その度に「助かるよ!」と声を掛けると、嬉しそうに手伝ってくれた、ただし十分間程だけど。あとは雪遊びに熱中し始めるのが常だったが、それでも一人で黙々とやる雪かきよりも、楽しそうに遊ぶ声が私への応援歌に聞こえて嬉しかった。それは何も雪かきの時だけに限ったことではない。家族を必要とし、家族から必要とされること、それが子どもたちの心にどのように刻まれ、何をもたらしたかは知る由もないが・・・。
「空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。」(マタイ6:26)神が養い装ってくださるのは、神がお創りになり平和な世界を実現するためには、私たちが必要だからに他ならない。だから聖書はいつも私たちに告げている、「あなたが必要なのです」と。
必要とされる喜びを、日々の歩みの中で思い起こせる幸いがありますように!