バッハの名言

バッハ遺産の神学蔵書目録

 バッハの没後、遺産目録が作成され、それに従って妻や子らに遺産が相続された。そこに音楽関係のものが一つもないのが注目を引く。恐らく音楽家である息子たちが逸早く持ち去ってしまったのだろう。その遺産目録のトップにあるのが神学蔵書目録である。大判の本から順に5271册の本が挙げられている。それぞれ7巻と8巻から成る

ルター全集が2種あり、先に挙げたミュラーの説教集もあるし、バッハが愛用したと言われるオレアリウスの聖書注解もある。

 目録のトップに挙げられているのがいわゆる「カロフ聖書」3巻である。ルター訳旧新約聖書にルター派の神学者カロフが注釈を加えたものだ。この蔵書目録のうちでこれだけが現在もアメリカのセントルイスのルーテル神学校の蔵書となっている。内表紙の右下にはバッハのサインと共に「1734と記してあるから、この年に購入したものだろう。この本がほぼ200年経って、ウィスコンシンの農家から「古いドイツ語聖書」として出てきたのだ。調べたらバッハのサインばかりか、欄外に書き込みがあり、しばしばアンダーラインも引かれていた。筆跡鑑定とインクの炭素同位原素検査により、すべてがバッハの手によるものとほぼ確定された。バッハは神学的だが、神学者ではないから神学書や論文を残していない。だから断片的とはいえ、こういう書き込みは重要である。中でも私はこの書き込みを好む。「祈りをもってする音楽には常に神がおられる、その恵みの現臨をもって」。教会音楽ばかりでなく世俗音楽を作曲し演奏するとき、バッハはまさしく祈る人だったと言うことにもなろうか。われわれが引き継いでよいバッハの遺産の一つであろう。