
痛みや悲しみを共に負う
彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであった……。(イザヤ書53章4節)
彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであった……。(イザヤ書53章4節)
「こんなはずじゃなかった」なんて思ったことはないでしょうか? イエス様の人生も人間的な価値観でしか測らないとしたら、 そんな言葉で表されてしまうかもしれません。 人間だとしたら、誰も泊まることのない家畜小屋で生まれ、 何も悪いことをした覚えもないのに、 当時一番残酷な刑罰とされた十字架刑へとされ...
私たち一人一人は毎日をどのように過ごすでしょうか。 毎日がクリスマスの礼拝があって、毎日ごちそうやケーキが食べられればいいなぁなんて、 幼い時は思ったことがあるかもしれませんが、 本当に一年中そのようなことになったら、きっと大変かもしれません。 しかし、一年中ごちそうやケーキがなくても、命や愛が...
神様からのみ言を通して、こうして皆様お一人おひとりの魂と出会えますことを感謝しています。よく入院仲間に言われます。 「待っている人たちがいるからいいね。」って。 もちろんその方にも家族はおられ、その人が家に帰って来るのを待っておられると思います。
悲しすぎたり驚いた時、人間は泣けない時があります。 しかし、み言に向き合う時、今イエス様が私の悲しみや苦しみ、 痛みも共に担って下さっておられることに気付くと、 不思議と心の不安や悲しみを洗い流してくれるかのように涙が流れます。
皆さんは、かくれんぼをしたことがありますか? 鬼の役になった子が皆で決めた数を数えたあとに、「もーいいかい」と言い、 「まーだだよ」と返事が返ってくると目隠しをしたまま待って、 もう一度「もーいーかい」と聞いて、「もーいーよ」って返事が返ってくると、 鬼の役になった子は、一目散に隠れて見えなくな...
『。。。主の望まれることは 彼の手によって成し遂げられる。』イザヤ53:10 父なる神様の望んだことは子なる神様である主イエスキリストによって成し遂げられるって成就するってことなんですね。
おはようございます。 「どうして私なんかのために。」「私なんかそんな価値はありません」「私はあなたを知りません」そのような声が聞こえて来そうな気がします。
おはようございます。 「どうして私なんかのために。」「私なんかそんな価値はありません」「私はあなたを知りません」そのような声が聞こえて来そうな気がします。