あなたの命を照らす光

祈り)天の神様、私たち一人一人に新しい目覚めをありがとうございます。
どこで目覚めを迎えるのか、それがとても不安な時があります。
しかし、どこで目覚めを迎えるとしても、必ず神様あなたが一緒です。
私たち一人一人は、神様あなたに命を与えられて生かされています。
心に力が入らず下を向いていても、
心が挫けて一生懸命生きることが出来ないと言って立ち止まってしまう時でも、
たとえ、自分を見放したい気持ちでいっぱいになっても、
神様あなただけは、どんな私でも見放すことはありません。
いつも私を抱きしめていて下さいます。
そのように決して私を裏切らないあなたに心を向けます。

これから語られますみ言、この語る者を通して今、
聖霊のお導きによって、聖書から聴くお一人お一人と、皆さんの心にあるお一人お一人へ神様あなたがお語り下さい。
この語る者のすべてを神様あなたにお委ねいたします。

このお祈りを主イエスキリストのお名前を通してみ前にお捧げ致します。
アーメン。

【参照聖書箇所:ヨハネによる福音書1章4〜5節】
言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。
光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。

 

「いつも私は光と共にある。」と思われる方はおられますか?では、「いつも私は命と共にある」と思われる方は?「命がなければ死んじゃうよ!当たり前なことだから意識したこともないよ。」と怒られてしまいそうですね。そうです。「私たちは命を与えられている」と当たり前に思っていても、それが神様の光によって照らされていると思うのでしょうか。あなたが意識していても、意識していなくても、神様からの光があなたの命を照らしています。

先日、私の部屋の電気が突然消えてしまい、驚いたと同時に部屋で何もできなくなりました。晴れた日の昼間はいいのですが、少しでも曇っていたり夕方になって暗くなると、何も見えなくなります。驚いたことに、電気の灯らない自分の部屋に、そして、それはいつも使っている自分の部屋なのに、「暗い」というだけで行くのが憂鬱になってきたのです。

私たちの心も同じなのかもしれません。いつも晴れやかで楽しさを感じているときは、心に光を感じなくても平気だったり元気を感じていますが、突然思ってもいなかったことが、自分の身近に起こったり、悲しむ時があります。そのような時に、現実から逃げ出したくなったり考えるだけで憂鬱になったり、時には人を恨んだり、自分の運命を呪ったりします。

しかし、神様から与えられる「あなたの命を照らす光」は、いつもあなたに与えられています。だから「暗い」と思って、自分を避ける必要はありません。安心して自分自身に帰れます。

 なぜなら、神様からの光は、電球が突然切れてしまうように光が切れてしまうことなく、また、あなたが眩しいと思うような強い光でもありません。ただ、あなたと共にあります。神様から与えられる「あなたの命を照らす光」は、積もった雪を太陽の光が溶かすように、温もりがあります。あなたは、憂鬱にも不安にもなることはないのです。

 神様からの光はいつもあなたの命を照らしています。懐中電灯のように、あなたが気をつけて身につけていなくても、神様からの光がいつもあなたの命を照らしています。一人一人が自分のペースで、今、神様からの光の中を歩いています。

あなたは一人ではありません。いつも「あなたの命を照らす光」が共におられます。