デフリンピックを知ってる?|取りこぼされているところに意識を注ぐ

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開催まであと695日(2023年12月21日時点)。何が開催されるかというと、「東京2025デフリンピック大会」である。申し訳なかったが、私は全く知らなかった。もしかしたらどこかで耳にしたのかもしれないが、気にも留めないままに今日まできたために気付きもしなかったのだ。

「パラリンピックからも差別されているんですよネ、ろうあ者って」と、お手製のクリスマスオーナメントを見せてくださりながら、Sさんが私に教えてくださった。「だから少しでも皆さんに知ってもらおうと思って、大会のエンブレムの説明を入れて紹介したいので協力して欲しい」と言われて初めて気が付いた、障がい者の大会であるパラリンピックにすらろうあ者の競技部門はなかったということに。

デフリンピックは、デフ(Deaf=耳が聞こえない)の方のための国際スポーツ大会である。1924年夏にフランスで最初に行われ、以後4年に一度、夏季と冬季に開催され、2025年に初めて日本で行われる。ルールはほぼオリンピックと同じだが、耳が聞こえないので目で分かるように様々な工夫(ピカッと光る「フラッシュランプ」でスタートを知らせたり、旗や手を挙げたりして選手に知らせる等)がなされて行われる。 (一般財団法人全日本ろうあ連盟スポーツ委員会のHPより)牧師になり最初の任地にはろうあ者のご家族がいて、私も苦労しながら手話で説教を試みたりしていた経験があり、今もろうあ者の青年信徒がいるというのに、健常者の大会(オリンピック)と障がい者の大会(パラリンピック)という大きな括(くく)りで考えてしまっている内に、そこからもれてしまっている彼らの事に気が回らなかったのが私であった。

神の御心から離れ、国が危機に瀕しているユダヤの民に、エレミヤを通して神は告げられる、「愚かで、心ない民よ、これを聞け。目があっても、見えず 耳があっても、聞こえない民。」(エレミヤ5:21)と。勿論、限りある人間であるが故に、全てのことに目を開くことはできないが、「見えるのに見ない」で生きてしまっている私たちに、神は豪華なベッドの上ではなく飼い葉おけの中に救い主を送り、権力者や著名人の中にではなく野原で野宿している羊飼いたちに救いを告げられた、「目があるのだから見なさい、耳があるのだから聞きなさい」と告げておられるかのように。

デフリンピックのことをテレビのニュースや新聞の記事の中に見出すことは難しいかもしれないが、自ら情報を探し出来ることを考えたいと思う。それもまたクリスマスが私たちに教えてくれた「神が共におられる」生き方ではなかろうか。