弱いときこそ

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「わたしは弱いときにこそ強いからです」
コリントの信徒への手紙二 12章10節

キリスト教会にとってパウロといえば、功労者であって、優れた伝道者であるから、その姿を想像するとき、どれほどの偉丈夫であろうかと想像してしまいます。ところが、彼自身の言うところによるとそうではないらしいのです。彼の手紙を読むと重々しく力強く見えるが、実際に会ってみると弱々しく、話もつまらないと言っています(コリントの信徒への手紙《二》10章10節)。そのうえ持病を抱えていたのです。そんなパウロのところにはいろいろな相談事がもちこまれて、彼を悩ませました。パウロは精神的にも肉体的にも弱り果てていたことが、彼の書いたものを読むとよく分かります。けれどもパウロは、信仰をもっているから大丈夫だといって、強がりを言ってごまかす人ではありませんでした。自分が弱くなり、へとへとになっていると正直に告白するのです。

けれども、その弱さが彼の武器でもありました。弱さを通して、強さでは見えない真実に触れることができたからです。合わせて弱い者の気持ちにも痛いほど共感することができ、また弱さに耐える力も与えられました。弱いからこそ神の恵みを十分に受けることができました。こうしてパウロは弱いときに強い自分を発見したのでした。

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