第十一課 信仰は神のウルトラC

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わたしの思いは、あなたたちの思いと異なり、わたしの道はあなたたちの道と異なると主は言われる。
イザヤ書55章8節

イザヤが主の言葉を借りて、「わたしの思いは、あなたたちの思いと異なり、わたしの道はあなたたちの道と異なると主は言われる」と言うとき、わたしたちの常識はもはや通用しないことを知らされます。
信仰は神のウルトラCとでもいうべきものを産み出すものであります。信仰者は、このウルトラCを日常において経験することを許された者です。その体験は驚いたり、あっけに取られたりするようなこととして起るでしょう。であれば、わたしたちの常識と異なる、神の思いの中にいるのであり、神の道を歩んでいるのであります。
長年病床にあった方の許に一人の宣教師が病床伝道にやってきました。しばらくして、彼は洗礼を受けることを勧めたのです。この方はまだ機が熟していないと判断し、「結構です」と断ったところ、宣教師はこれをOKと勘違いをし、洗礼の準備を始めてしまいました。断るにも断れず、そのまま洗礼を受ける羽目になったこの方は、以後忠実な信徒として長年にわたり、あるキリスト教主義機関で有能な活動を続けられたのでした。神の思いが人の通念をはるかに越える出来事がここにあります。
これは、まことの神のウルトラCです。これは、驚きをもって受け取る以外にない出来事でしょう。この方は、すでに天国に居を移されましたが、生涯、この出来事を感謝をもって証してくださいました。宗教改革者ルターは「神の言葉を聞いたなら、驚かなければならない、驚いて聞く時、人間の知恵は退き、神の知恵が働く」と言いますが、神の知恵が働いた出来事が、ここにありました。

(註:上記11課の旧約聖書箇所の解説は、賀来周一著「実用聖書名言録」および同著者「365日の聖書」に拠る)

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