詩編41編1節ー10節

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詩編44:1-10
41:1 【指揮者によって。賛歌。ダビデの詩。】
41:2 いかに幸いなことでしょう/弱いものに思いやりのある人は。災いのふりかかるとき/主はその人を逃れさせてくださいます。
41:3 主よ、その人を守って命を得させ/この地で幸せにしてください。貪欲な敵に引き渡さないでください。
41:4 主よ、その人が病の床にあるとき、支え/力を失って伏すとき、立ち直らせてください。
41:5 わたしは申します。「主よ、憐れんでください。あなたに罪を犯したわたしを癒してください。」
41:6 敵はわたしを苦しめようとして言います。「早く死んでその名も消えうせるがよい。」
41:7 見舞いに来れば、むなしいことを言いますが/心に悪意を満たし、外に出ればそれを口にします。
41:8 わたしを憎む者は皆、集まってささやき/わたしに災いを謀っています。
41:9 「呪いに取りつかれて床に就いた。二度と起き上がれまい。」
41:10 わたしの信頼していた仲間/わたしのパンを食べる者が/威張ってわたしを足げにします。

 

 

祈り)
天の神様、私たち一人一人に新しい目覚めをありがとうございます。
どんなに小さくみえる悪い事も、それと同じくらいささやかな良いことも
神様、あなたは私たちの全てをご存知です。
表面ではとんでもなく悪い事に見えるものも
それを行わなければならなかった一人一人の事情や立場を
あなたは深くご存知です。
また逆にどんなに表面的には良いことをしていても
どんな理由があるのかは神様、あなたには分かるでしょう。
自分のことでも分からないことはたくさんあります。
神様は赦しを与えて下さいます。
全ての事をわかって分かっていると傲慢にならない神様
あなたへ向かう謙虚な心を私たちにお与え下さい。

これから語られますみ言葉、この語る者を通して
ここにおられるお一人お一人へと神様あなたがお語り下さい。
この語る者の全てをお委ねいたします。
このお祈りを、主イエスキリストのお名前によってお祈り致します。

アーメン。

 

 

おはようございます。
いろいろなきっかけで、思いもかけないことを思い出して、自分でもびっくりしたことはありませんか。
私は今朝ご一緒にお読み致しました聖書の箇所を読んで、一人の女性との出会いを思い出しました。
皆さんのほとんどの方々がご存知のように、私は2001年からほとんど年四回のペースで定期入院を繰り返してます。
そこで出会った人たちを数えると何人になるでしょうか。もう百人は超えているのかもしれません。
その中でも同じ人に二回以上会う事も少なくないようになりました。
彼女にも二回会い、三回目は喪中ハガキでした。
初めてお会いしたときは、乳がんの検査のためだと同じ部屋に入院されて、
私より少しお姉さんの明るい方だなぁと思うくらいでした。
二回目にお会いできるとは思っていなかった私の前に現れた彼女の姿は、
抗がん剤治療の為かほとんどない髪の毛や、やせ細った体、
見えなくなったという目。その彼女が言った言葉
「私悪いことしたかな。ちゃんと天国行けるかな。」

教会で出会った人ではありません。
しかし、自分の死を前にしたとき人は何を思うのでしょうか。
神様許して。悪いことをしてない人なんていません。
自分の分かっている範囲だけなら「悪いことはしてません」と言える人はいるかもしれません。
私たちは祈ります。
「主よ憐れんでください」
全知全能の神様が一人一人を赦して下さいます。

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