ルーテルアワー聖書通信講座 人生の悩みに答えるキリスト教入門

詩編68:1-11

 

祈り)天の神様、私たち一人一人に新しい目覚めをありがとうございます。
少しずつ木の葉の色も色づき始め、土の上に生えている草花も少ないけれども、
なんだか温かな彩りで華やいでいます。
生きている今というかけがえのない時を、ありがとうございます。
高くなった空や夏のかたちとは変わってきた雲のかたち、
少し冷たくなった風、自然の一つ一つに立ち止まる時、
たくさんのものが与えられていることに気が付きます。
そんな小さな一つ一つをも与えて下さる神様へ、心を向けることができますように。

これから語られますみ言葉、この語る者を通して、
ここにおられるお一人お一人へと、神様あなたがお語り下さい。
この語る者の全てをお委ねいたします。
このお祈りを主イエスキリストのお名前によってお祈り致します。

アーメン。

 

 

おはようございます。
「えっ、こんなところにも神様っているの?」と私たちが思うところにも神様はいらっしゃいます。
ここにはこの神様、あそこにはあの神様というように、たくさんの神様がいろいろなところにいるのではなく、
どんな所にでも全てを創造された神様は、聖霊となって共におられ、
共に働かれておられるのです。

少し前に「トイレの神様」という歌がとても流行ったことは記憶に新しいことです。
もちろんトイレにも神様は働かれておられます。
きれいに掃除をしてくれる人がいれば「ありがとう」と喜んで下さるでしょう。

私は幼い頃よくこのように言われてました。「隠れて悪い事をしたって人は見てないかもしれないけど、神様は見ておられるんだよ。だから悪いことはしてはいけないよ」と。
これは悪い事もですが、いい事もなのかもしれません。
自分の心の中におられる神様が、見ておられるのかもしれません。

しかし、今朝ご一緒にお読みしました詩編68編の中では、自分でも行かないのではないだろうか、という所でも、神様はおられると詩人は詩うのです。
みなしごの父に。誰も耳を傾けることがないだろうやもめの訴えに。
そして孤独な人の傍らに。
私はクリスマスが来る度に思い出します。
人が泊まるようなことがないと思われていた家畜小屋で、イエス様はお生まれになりました。
このことが教えて下さるように、私たち一人一人がどんなに孤独を感じる事があっても、
悲しく惨めで、こんなこと誰も解ってくれないし、気にも止めてくれないだろうと思うときでも、
神様だけはじっと一人一人の傍らにいらして、一人一人を包んで下さっておられるのだと。
あなたがどこにいても神様が共におられます。

ひとりぼっちの人は誰もおられません。
たとえあなたが神様を思い出せないときがあったとしても、
神様は決してあなたを忘れたりしません。
たとえこんな所になんて誰もいないよと、あなたが思っても神様はおられます。
一人一人の命と共に神様はおられます。