ルーテルアワー聖書通信講座 人生の悩みに答えるキリスト教入門

2コリント5:16-21

祈り)天の神様、新しい目覚めをありがとうございます。今日は完璧に思い通りになったという日はあまりありません。何か忘れたことがあるような、今日も自分が思っている通りにはいかなかったと物足りなく感じてしまうこともたくさんあるでしょう。しかし、神様あなたは「十分に良くやったよありがとう。」と私たち一人一人の働きや存在に、一瞬一瞬に愛情を注いでくださいます。自分自身も自分以外の方も同じ重さで神様は大切にして下さいます。私も神様あなたに愛され大切にされていることを思い起こし、勇気をもってありのままを生きられますように。これから語られますみ言この語る者を通して、ここにおられるお一人お一人へと神様あなたがお語り下さい。この語る者の全てを神様あなたへお委ね致します。このお祈りを主イエスキリストのお名前を通してお祈り致します。

アーメン

 

 

おはようございます。今朝ご一緒にお読みしました「2コリ5:16-21」においては、キリストによって私たちは神様と和解させていただき、神様によって義とされた、と語られています。「和解」?「義とされる」?そんなこと私は望んでいないし、どうでもいいじゃん、と思われる方も少なくないと思います。「神様との和解」とは神様と仲良くなることです。「神様に義とされる」とは神様にそのままの存在でいいと受け入れていただくことです。

私たち人間一人一人は神様に造られています。神様と仲良くない人も神様にそのままの存在でいいといわれていない人も一人もいません。ではなぜイエスキリストを通さないといけないのでしょうか?ずーっと神様からの人間への片思いでした。イエス様の生き方や神様への信頼の仕方を感じることによって今、私たちは神様に造られていることを思い起こすのです。「神様との和解」も 「神様に義とされる」ことも今から始まるわけではなく、もうすでに私たち一人一人に与えられていることを、イエス様の生き方や教えを通して今、私たちは思い起こすことができるのです。

神様に愛され大切にされていない人はいません。自分自身がどんなにちっぽけに思えても等身大のあなた全てが神様に愛され大切にされています。神様はいつもあなたに言われています「そのままでいい」と。