ルーテルアワー聖書通信講座 人生の悩みに答えるキリスト教入門

詩編3編
 

祈り)天の神様、新しい目覚めをありがとうございます。新しい目覚めはいつも当たり前のように思って過ごしていますが決して当たり前ではなく神様あなたから一回一回丁寧に一人一人に与えられる恵です。自分が目覚めたその現実を喜ぶこともあれば、こんな現実の中なら目覚めたくなかったと神様を恨むこともあります。しかし、神様はあなたにとって本当に必要な「時」を今,与えて下さってます、感情的に出したり引っ込めたりするような駆け引きは神様からの愛にはありません。そのような日常の当たり前に見えるような些細なことにも神様へ感謝できますように。これから語られますみ言この語る者を通してここにおられるお一人お一人へと神様あなたがお語り下さい。この語る者の全てを神様あなたへお委ね致します。このお祈りを主イエスキリストのお名前を通してお祈り致します。アーメン

 おはようございます。もし、自分が透明人間だったらどうしますか?考えたこともないわ。と言う方もおられるかもしれませんが考えてみて下さい。私は幼い頃,多分丁度反抗期真っ最中だったくらいに透明人間になりたい。と思いました。そうしたら誰にも干渉されず誰からも監視されず自由にできるような気がしたからです。でもどうなんでしょうか。本当に今,誰からも見えなくなって誰からも干渉されず誰にも監視されなくなったら
「ただいま」と家に帰っても誰にも気付かれず。何か失敗しても誰もわからない。笑っても泣いても怒っても自由ですが誰にも解ってもらえない。孤独です。
実際に姿が見えても見えなくてもそのようなことは起こります。特に現代社会には多いのかもしれません。「無関心」という世界です。
「愛」の反対は「無関心」です。しかし、神様はあなたが見えても見えなくても例え自分で存在否定して自分で自分を見ないようにしていても、あなたが透明人間のようであってもあなたというかけがえのない一人の存在を愛されます。
 だから一人一人は孤独ではありません。今朝ご一緒にお読み致しました聖書の箇所にある「救い」とは孤独からの解放の意味もあります。どこかから助けてもらうことや何か物を与えてもらう、というような一時的な助けより深く神様は私たち一人一人に関心を持たれ一人一人を愛して下さっています。例えあなたが透明人間になったとしても神様には見える見えないは関係ありません。
一人一人がそのまま神様に愛されていることをいつも感謝できますように。